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第20話「波乱の誕生日前日」


8月のある日

夏休みに入り、君野は桜谷の部屋で夏休みの宿題を一緒に片付けた後、ずっと見たかった映画をスマホ用のプロジェクターを流して体育座りで鑑賞している。

場所は例のベッドの下にあるテーブル。
即席のテーブルにスマホとプロジェクターを乗せて壁を2人で見ている。
ベッドを腰掛けに、目の前の壁の目まぐるしい海外のわかりやすいヒーローのアクションの動きに君野は夢中だった。

隣には映画には退屈そうな桜谷。
エンタメは全く興味がなく、プロジェクターを買ったのも、ネット配信のコンテンツの有料会員になったのも全部君野をこの家におびき出す為。

またこうすれば彼の横顔をたっぷり満喫できる。
薄暗くしていれば、気づかれず穴が開くまで君野くんを観察できるのだ。
ぽてっとした柔らかい肌、可愛い唇、長いまつ毛、指を突っ込みたくなる耳…

今日は私が買ってあげた服を着ていて、紺色の襟付きのシャツがとても似合っていて可愛い。

例の私の写真を並べた神経衰弱で私の写真が多ければ
彼は私の選んだ服を選ぶ率は高くなると夏休み中に気づいた。

学校でもあげた靴下は小さな桜の花びらがついた、私が買ってあげたものを愛用してくれている。

「はわっ!?」

君野がビクッと肩を反応させ突然声を上げる。
桜谷が君野の耳付近をこしょこしょと指をはわせたのだ。

「今、いいとこだから…。」

と言って、1回目はこっちも見ずに腕を回して嫌がる。
しかし、5分もすると桜谷はまた懲りずに映画に夢中の君野の背中の方から指を小さな蜘蛛のようにはわせる。
それがだんだん首元に差し掛かり、襟足の部分の下の皮膚をこしょこしょする

「ひゃっ!?…もう!」

と、ほおを膨らませ、彼女の手首を掴んでこっちを向く。

「君野くんのこそばゆいところのそうでないところの境目が気になったの。」

「映画をみたいよ。」

と、口を尖らせる。
その時だった。

「わっ!?あひゃひゃひゃ!!ちょっやめて!あははは!!くすぐったいよ!!」

桜谷が君野に襲いかかるように脇腹をくすぐった。
先ほどの怒りとは違い泣き笑いしながらで桜谷のくすぐりに耐える。

そのまま桜谷にバサっと後ろに押し倒された君野。抵抗する両手を床に押し付けられた。

「んっ!?」

そして、桜谷は驚く君野の唇にそのままキスした。
顎を掴まれキスされた君野だったが、桜谷がゆっくり顔を離す。
その顔は真っ赤で、目の前のおとなしい女の子の大胆な行動に唾を飲み込む。

「君野くんの喜怒哀楽全部見れた。」

そう、微笑する。桜谷が馬乗りのまま、君野の頬を愛おしそうに撫でる。

「…。」

君野は力が抜けたように、口が半開きのままだ。

「あっ!また…!あははは!!」

桜谷がまた君野の脇をくすぐる。
なんだか最近、このくすぐる動作をすると満たされないものが満たされていく気がする。
この無邪気な笑い声、堀田くんにはするのに、私にはしない。

最近2人の仲良しを見ていると、ムカムカする。
私が彼を縛ってるはずなのに、
とても羨ましいと感じてしまう。

「あはははははは!!わかったよもう許して…!」

と、君野は流石に疲れたのか桜谷の腕を掴む力を強くした。

「はぁ…はぁ…お腹筋肉痛になっちゃうから…。」

「ごめんね。私のこと好き?」

「う、うん…。」

彼はそう言って首を2回縦に振る。
眼前に迫る目の前の桜谷から目が離せず、顔を真赤にさせて夢中になっているようだ。

あの堀田くんは家族で遠方に帰省してるらしい。
だから、夏休み中は私のものだ。

でも、自分の心境変化に腑に落ちない。
なぜ堀田くんといる彼を求めようとしているんだろう。

そして夏休みが明ける。
季節は9月になった。
まだまだ暑い。
葉っぱもまだ青々としていて、
まだ違和感なく夏服で過ごせる陽気だ。

そして9月は桜谷の13歳の誕生日がある。

「桜谷さん!誕生日もうすぐだね!プレゼントなにほしい?」

誕生日の3日前のこの日の2時間目。理科実験室でスポイトを持つ君野が突然そう切り出した。

「お!そうなのか。お前って9月生まれなんだな。」

その横には堀田が。
別の班なのに試験管を持ち、君野のスポイト作業を手伝っている。

「コンビニのケーキでも買うか?」

「私はあなたに祝われる筋合いはないわ。」

と、ジョーク交じりの堀田の言葉に桜谷は先ほど色が変わった試験管をガラス棒で混ぜながら答えた。

「みんなでお祝いしよ!どこか食べに行く?」

「君野、お前そんな金あるか?」

「大丈夫!お母さんに桜谷さんの誕生日って言えばお小遣い増やしてくれるかも!」

「無理しないで。私は君野くんがいればそれでいいから。」

と、はにかむ。
桜谷はその5日前から何があっても呪いのキスを使用しないと、己に誓った。
君野は夏休みの少し前から桜谷の誕生日を覚えていて、
今日はその3日前だ。
君野が自分の誕生日について考えてくれる時間と、彼からどんなプレゼントを貰えるかが楽しみなのだ。
彼が自分を思ってプレゼントを考えるその時間さえも今はかけがえのないもの。
その姿を見れるだけで幸せだ。

「無理はできない!でもね、絶対喜ぶものあげるから!」

「どんなもの?」

「ないしょー!!!」

と、君野は鼻を人差し指で上に上げる動作をしながらおどけてみせた。

「健忘症で忘れられても泣くなよ。」

と、堀田はそう意地悪そうに桜谷に言った。

そういえば、あれから君野くんと堀田くんの関係に進展はないようだ。
健忘症で君野くんは堀田くんに告白された事を忘れたと言ったらしい。
それから
相変わらず仲良しに接しているし、堀田くんも君野くんの可愛さにいつも通り過保護を爆発させる。
兄弟キーホルダーもお互いがバッグにつけていて、今は平穏だ。
諸々起こるのであれば、できれば誕生日を過ぎてからにしてほしい。

と桜谷は思った。

「君野、お前、なんで第二ボタンまで外してるんだ?」

堀田がふと、先生がいない休憩時間に彼の服装が乱れてることに気づいた。
そのボタンに手を伸ばした堀田。
すると、君野がそれに対し体を逸らして抵抗した。

「や!これは、おしゃれ!」

「おしゃれ?どこから吸収してきた?あ!夏休みの午前中にやってたヤンキー学園の再放送か?」

「あの中の俳優の人かっこよくて。ぼくも強くなりたいと思ったんだ。」

「ダメだ。ボタンはしめろ。」

「先生には見つからないようにするよ。」

「ダメだ!俺が許さん!」

「…。」

君野が露骨に不貞腐れた。膨れっ面で下を向く。
そんな君野の頬を、堀田は膨れないようにしば犬の頬をむぎゅむぎゅするようにムニムニと触り先ほどの注意を和らげようとする。

そしてさりげなく、その手を下に落とし君野のボタンを閉めてしまった。

「俺はこっちがいい。」

堀田はそう、君野の肩に手を置いて顔をジッとみつめる。

「…わかったよ。お兄ちゃんがいいって言うなら。」

と、ほっぺをぶにぶにされて機嫌が治ったのか、いーっと過剰に前歯を出しふざけたが納得してくれたようだ。

堀田はその言葉に安堵した。
何故か自分の子どもが不良になってしまったと落ち込む親のような気持ちになってしまったのだ。

夏休みからおとなしいヤツが何故か髪を立てて色を変え服装を乱して学校にくることがある。
その兆候ではないか!と堀田は
外れたボタンを見てそう心底心配になったのだった。

そんなことがあってか、立て続けにまた事件は起きる。その日の放課後のことだった。

「君野くん!!」

桜谷はスカートをゆらしながら学校近辺を探す。
どうやら、目を離した隙に彼が勝手に学校を出ていって先にどこかにふらふらと消えてしまった。
ロッカーに靴はなく、いつ消えたのかもわからない。

「君野!!」

堀田も同様に街に出て君野の行方を探していた。

「あ!」

桜谷は目の前の光景に足をとめた。
君野くんがガラの悪い連中に絡まれていた。

いわゆる不良というやつだ。制服を着崩した茶髪と金髪の制服を着崩した二人組に絡まれて君野が壁際に追い込まれていた。

「何してるの!!」

桜谷はそこに怖気付くことなく君野を守ろうと彼の手を広げて目の前に立ちはだかる。
乱れた夏服に緩めたネクタイ
どうやら高校生のようだ。

「桜谷さん!」

君野も泣きそうな顔から目の前に現れた桜谷にあわあわとする。

「高校生が中学生相手に絡んで恥ずかしくないの?」

桜谷はそう言って相手を牽制した。

「ああ?なんだこのクソ女!どけよ!こいつ俺にぶつかってきて謝りもしねえで行こうとしたんだよ!」

と、茶髪で耳にピアスをつけた腰パン男が桜谷に凄む。

「彼は病気なの!自分も知らずに徘徊することがあって、その時は意識が飛んでる時があるの!ここまで言ってまだいじめる気?」

「ごめんなさい…。」

君野は怯えながらもそう彼らに謝った。
しかし

「骨折れたかもしんねえから病院代よこせよ。」

「ほらリュックかせよ。」

と、1人が桜谷を無視して君野のリュックを引っ張る。

「やめて!」

と、桜谷が仲裁に入った時だった。

「邪魔だよメガネ!」

「きゃ!?」

と、桜谷に腕を掴まれた1人が彼女の長い三つ編みを乱暴に掴み、後ろに引き倒した。
髪を引っ張られ眼鏡が飛ぶ。

さらに彼女は後ろに尻餅をつき、腰を強打したようだ。

「僕お金出しますから…!もうやめてください…!」

と、君野が泣きながら桜谷の前で土下座をし、
リュックを差し出した。

その時

「ガハッ!!」

金髪の不良が堀田の横からの強力なパンチに後ろに吹っ飛んだ。

それに驚いた茶髪の不良だったが、次に振り返ると堀田の飛び蹴りが顔面にクリーンヒットしていた。
そうして金髪の男と同じく後ろに倒れる。

「なにすんだよ!!」

茶髪が鼻血を出しながら向かって来ようとする。
堀田はまるでゲームのキャラのようにファイティンがポーズを取り相手を威圧する。

「おい、この2人に手を出すってことはうちの喧嘩道場の連中を敵に回すってことだ。今すぐ消えろ。さもないと色黒のマッチョと空手全国大会1位の俺がお前らを骨がなくなるまで殴る。」

と、ものすごい剣幕で怒りを示す。
それは桜谷と君野も見たことのない圧倒的な強者のオーラと、絶対にこの人には勝てないであろうという覇気を感じる。

「喧嘩道場…!?色黒のマッチョ!?」

「行こうぜ!」

力では勝てないと思ったのか、金髪と茶髪の高校生2人はフラフラと足をもたつかせながらその場から消えていった。

堀田はようやく覇気をしまう。

「桜谷さん!」

君野は桜谷の吹っ飛んだメガネを持ち、また黒い髪ゴムがほどけてしまった彼女に四つん這いで駆け寄る。

「ごめんね僕のせいで!!ごめんね…!!」

君野は自分そう申し訳なさそうに泣いていた。
彼女に正座のまま縋り付くように泣いて謝る。

「いいのよ。こんなの、大したことない。無事でよかったわ。」

と、言いつつ、腰が痛いのか立てない様子。

「ほんとに大丈夫かよ。ほら。」

堀田がそう言って桜谷に背中を差し出した。

「なんで私が堀田くんにおぶられなきゃいけないの…。」

「君野に体重バレたいのか?俺なら重くてもなんとも思わないだろ?」

「重くないわよ!」

そんな軽口に桜谷は仕方なく堀田の背中へ。

「ひっく…っく…。」

君野は泣きながらも桜谷と堀田のカバンを持ち、その重さに少しフラフラしながら堀田と一緒に歩く。

「大丈夫か?よく泣くなお前はほんとに。」

と、桜谷をおぶりながら君野の頭をくしゃくしゃ撫でる様子を見せる堀田。

「僕も喧嘩道場に入る…。」

「やめとけ。健忘症治さないのに頭を打ったら心配だ。それに喧嘩道場なんてハッタリだ。そう言っとけばどんなヤバい道場なんだよって思うかなってさ。まあ、黒いマッチョはいるけど。」

と、笑う。

「ごめんね。桜谷さん…。」

10分後、桜谷の家に到着した。
堀田は桜谷の家に上がり、君野がその靴を脱がせソファにまで連れて行き、座らせた。

「よし。あとは大丈夫か?飲み物とか近くに置いておくか?」

堀田はそう桜谷に尋ねる。

「いいわもう。早く帰って。」

「はいはいはい。おい君野、帰るぞ。」

「うん…。」

君野はそう落ち込んだまま生返事で答えた。
すると、その帰ろうとする君野の袖を掴んだ桜谷。
腰が痛いながらも、
振り返った君野の唇まで彼の体を上に這うように目掛けその唇にキスをした。

「っ…。」

君野は驚いた。しかし、その胸中は複雑だ。

「僕なんか、キスされる資格なんてないよ…。」

「…行こうぜ。」

と、堀田は流し目でポッケに手を突っ込んでダルそうに答えた。君野を言葉で連れ去り、そそくさ玄関に先に行ってしまう。

「また明日ね。君野くん。」

「うん…。また明日…。」

桜谷はそんな落ち込む君野のほおを撫でる。
君野は堀田の後を追いかけてそのまま玄関を出ていった。

ガチャン
ガチャ

と、堀田に教えた外に隠してある家の鍵が閉まる音がする。

「…」

桜谷は家の革の黒いソファに横になり、白くてモフモフのラメのはいったクッションを抱きしめていた。吹き抜け上にあるシーリングファンの回転を見つめながら、静かに気持ちを整理する。

おぶられた時の彼の背中の体温が忘れられない。
あんな密着して、首や髪の毛のニオイや肌にあたる温かい感触がまだ余韻に残っている。

筋肉があって腕が男の人になっている。
君野くんとは全然違ってすぐ男だとわかる手。
私の足を掴むその腕は太くて力強かった。
…いや、そんなこと考えるんじゃない。

問題なのは君野くんだ。
どうしよう、
キスしてしまった。
誕生日3日前なのに…。
あの光景、きっと私がメインだからトラウマになるようことは忘れてくれるだろう。
私が堀田くんの前でビンタした時のようになるはずなんだ。

彼にトラウマなんていらない。
私以外のことで悩む以外、悲しい記憶なんてあっても仕方ないんだ。

「…はあ。」

でも虚しい。
私はいつまでも辛い記憶を覚えているのに。
全部1人で抱えなきゃいけないのは辛い。

普通のカップルなら、辛いことがあってもお互いに超えていけるのかな…。

「なによ、普通のカップルって…。」

と思った時、脳裏に堀田の顔が浮かぶ。
それにハッとした桜谷は慌てて脳裏から消した。

「私が選んだ道。悪魔は、最後まで悪魔なの…。」

と、唱えて目を瞑る。
腰がジンジンと痛む。ネガティヴになるから
もう、自分とこれ以上会話をするのをやめた。

次の日

「おはよう君野くん。」

桜谷はいつも通り、君野を家まで迎えに行く。
またやり直しの朝だ。

しかし、その日は違った。

「あらおはよう瑠璃子ちゃん。家に入って。」

君野母がいつものように出迎えてくれる。
しかしこの日はイレギュラーが初めて起きた。

「あれ?お母さ…あ!」

「吉郎!トイレ?」

君野母も驚く。珍しく君野くんが起きていたのだ。
こんなこと、初めてだった。

「わ!?桜谷さん!!恥ずかしいっ!」

君野はそうパジャマと寝癖を隠したいと頭とお腹に手を巻き付けてそのまま二階へダッシュで走って行ってしまった。

「え…?」

桜谷の表情が一変。
瞳孔が開き、立ち尽くしている。

「あら?珍しいわね。あの子がこんな時間に起きてくるなんて。」

君野母も驚いている。

どういうこと?
昨日の呪いのキスが、効いてない…!?

桜谷は明るく話しかける君野母の応答にしばらく答えられず、その衝撃の出来事に後ろから真水をぶっかけられたような感覚でスクールカバンを握りしめたまま動くことができなかった。

続く。


今、サポートしたいと思いました? 偶然ですね。私もサポートされたいと思っていました。 いや、そう思ってくれるだけでも嬉しいです。ですがサポートしてくれたら寝る前にニヤニヤします。通知きた画面にニヤニヤしながら眠りにつきたいなんて贅沢なことしてみたいなんて思ってたりしませんよ多分…