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第22話「最悪の誕生日」



「うーん…。」

掃除の時間、君野は中央廊下で掃除をしていたが、掃き掃除をもったままうとうとしている。

「眠いの?」

それに桜谷がすかさず声をかける。
健忘症のせいか、頭を使いすぎた副作用なのか、君野くんはたまに猛烈な眠さでどうしようもない時がある。

「今日は絶対、桜谷さんの誕生日プレゼント買いにいく…。」

「いいわ。そんなフラフラしてても危ないから。」

桜谷はそう、君野を壁際に座らせる。
ほうきを杖のように握った君野はそのまま気絶するように首をおとす。
まるで武士が刀を胸に大切にもつようにほうきを抱いて目を瞑ってしまった。

「…。」

私も実は寝不足だ。
勿論君野くんのことで。

私はもう、明日おめでとうって言ってくれればそれで満足だ。
だが、誕生日が終われば、本当に呪いのキスが復活するかなんて確信はない。

結局キスをする決心はこの放課後までつかなかった。正直、キスが効かなくて誕生日を迎えたらそれこそ怖くて絶望的すぎるため立ち直れない。

しかし、この2日に限っては君野くんのご機嫌を伺って当たり障りのない事を言うクラスメイトに成り下がっている。
堀田くんに喧嘩をふっかけることも、君野くんを好きに操ることもできない。

歯がゆい…

「桜谷さん、昨日堀田くんにお姫様抱っこされてたね…。」

「え?」

と、目を瞑って眠ったと思ったはずの君野がそう答える。

「お母さんの車で帰宅してる時にたまたま見ちゃったんだ。」

「覚えてる?ほら、高校生に絡まれたこと。堀田くんがどうしても危ないからって。」

「お姫様抱っこする必要はあった?」

と、突然、目を瞑っていた君野はそう桜谷の腕を掴んで眉をひそめていた。

「え…?」

その行動に桜谷も驚く。

「だって…。僕だって、あんなふうに桜谷さんを守れたらなって…。」

「…。」

桜谷は唖然とする。
かつて彼がこんなにわかりやすく堀田くんに嫉妬したことがあっただろうか?
操り人形だった彼が健忘症で徘徊する以外に、行動パターンの読めない行動をしてくるなんて。

これは一体、何がどうなってこんな風になっているのだろう。
記憶が消せなくて焦っている上に、当たり障りのないことしか本当にしてないのに…。
と、また新たな君野のパターンに戸惑いを見せる桜谷は
なんとしても呪いのキスを復活させなければ、と焦っていた。
君野はその後モゴモゴと口を動かしそのまま寝落ちそうになっている。
しかしすぐに掃除終了のアナウンスが放送室から流れ、
桜谷は君野を支えながら教室に戻った。

「おい、大丈夫か?」

教室に戻ると、机を移動させていた堀田がこっちに駆け寄ってきた。

「猛烈に眠いんだって。」

「そうか。図書室で寝かせてから帰るか。」

「…そうね。」

堀田がそのまま君野を回収する。

堀田くんは相変わらずいつも通りだ。
君野くんを守ることも、私をお姫様抱っこして抱えるのもただの彼の正義の一部にしか過ぎない。
そこに何か特別に感じたりなどはしていないようだ。

私も勿論何も思ってない。

「君野、大丈夫か?」

「うん…。」

と、君野の頬を両手で包む。
彼が眠そうなことをいいことに、堀田は顔を近づけてその額と額をくっつける。

「なにしてんのよ。変態。」

「熱測ってんだ!下心じゃない!」

と、桜谷の言葉に声を荒げる。
やはり変態と下心は禁句なようだ。
私も一々彼のなんでもなかったはずの一挙手一投足に声を荒げてしまう。そのため相変わらず関係はヒリヒリはしている。

「うん。熱はないな。」

と頭を撫で、そのまま桜谷の隣の席の窓側に連れて行った。

もういい。
誕生日、笑顔で祝ってもらおう。
なるようになる。

と、桜谷はそう思いながら放課後、堀田のバッグと君野のリュックを抱えてふらふらとしながら堀田の後をついていき、図書室に入っていく。   

図書室の扉を蹴って開けた堀田。
独特な本のニオイが2人の鼻を通り抜ける。
もう完全に寝入る君野は、力が入っておらず重かったバッグから解放された桜谷もその君野の荷下ろしを手伝う。

三人は前の長机のエリアへ。
君野はそこにナイロンのリュックを抱える形で机に突っ伏すように寝かせられた。

「家来たちがこんなに疲れてるのに…。お殿様はいい気分だなぁ。」

と、堀田は汗をかき、シャツをパタパタと仰ぎながら君野の右に座る。
桜谷は君野の左側に座り、乱れた髪を整えた。

寝不足もあってか、桜谷も眠そうだ。

「お前も寝れば?起こしてやるからさ。」

堀田はそういいながら、カバンから小説を取り出す。

「…はあ。」

「顔色悪いな。熱測るか?」

「いや!いい!」

と、先ほど見たあのおでこをくっつけるのを想像して桜谷はぶんぶんと顔を横に振る。

それを聞いた堀田は本に視線を落とした。

…静かだ。
もうこれ以上小声で話すことなんかできないほど。
相変わらずここにくる人は前の席を好まない。 
なので、私達が座ってる前の席はガラ空き。

外をみれば陸上部の走る時の掛け声と、野球部の木製バッドで球を打つ音がして心地よい。

その次は廊下の方から微かに吹奏楽の管楽器な音が。
ぷわ〜と間抜けな音がどんどんアラームのようにどんどん鳴り出す。
放課後の音って、聴く側からすると眠くなる。

そして図書室の独特の本のにおいと、圧倒的な静けさを安心感が桜谷にとどめをさす。
彼女はいつの間にか椅子にもたれかかったまま寝てしまっていた。

「…。」

堀田はその桜谷が完全に寝入ったのを横から見つめる。
珍しい光景だ。

「ふふ。」

と、堀田は横の小さな2人が寝ている姿に微笑した。

「ん…。」

ふと、君野が目を覚ました。顔をあげ、まだ眠い目を両手でぎゅうぎゅうと目で擦り、辺りをキョロキョロ回す。
どうやら帰りの会から30分ほど経過したようだ。時刻はもうすぐ四時。
夕方の明るいオレンジがまさに自分たちを照らす。

あくびをしながら右を見ると堀田が荷物を残したままいない。
そして左を見る。

いつの間にか桜谷の頭が自分の肩に乗っている。

「…。」

それをじっと見つめる君野。
しかしこのままだと頭が崩れ下の机にガツンと頭をぶつけてしまいそうだ。

君野は枕にしていた自分のリュックを彼女の前に置いて、そこに頭を置き、垂れ下がったマネキンのように力のない彼女の両腕をリュックを任せるように机に置く。眼鏡も外してあげて、完全にストレスなく寝かせることに成功した。

君野はおもむろに、こっちを向いて寝ている桜谷の寝顔を両手に顎を乗せてじっと見ていた。

さらにはその頭を優しく撫でてみる。
髪はサラサラだ。女の子の匂いがする。

「堀田くんのこと、好きなのかな…。」

君野の頭にはあの堀田のお姫様抱っこが浮かんでいる。
それに嫉妬しながら桜谷の前髪やまつ毛を指先で触る。

「なんでだろう。すごく懐かしい。」

そう呟くその顔は本当に彼女が愛おしそうだ。
君野は唇をきゅっと口の中に収納し唾を飲み込む。
その視線は彼女のぷっくりとした唇。
気づいたら、もう彼女の息が鼻先にかかっているほど吸い込まれていた。

君野はそのまま、誰を見ていないことをいいことに、顔を前進させた。

「…!」

ガバッと突然机から起きた桜谷。
自分が寝ていることに気づいたのは一時間後だった。

「おはよう桜谷さん。」

「お、ようやく起きたか。」

隣には君野と堀田がそれぞれ本を持っていた。

「…。」

桜谷は何か、唇に違和感があったのか右手の指で抑える。

「なんだ?出来物か?」

と堀田が体を傾けながら言う。

「う、ううんなんでもない…。」

なんか確実に感触があった。
それは夢?現実?
桜谷は隣の君野を見る。

「ん?どうしたの?」

とニコニコしている。

「さ、帰るか。なあ、最近暗くなるの早いからやっぱり迎えにきてもらうか?」

と、堀田が君野に過剰な心配をする。

「大丈夫だよ!僕は桜谷さんを守る使命があるし。…あ!!!!それより、僕今日プレゼント買うつもりだった!!!」

と、図書室で大きな声を出してしまった。
しかし、この部屋にはもう3人以外人はいない。

「いいのよ。気持ちだけで。」

「ごめんね…僕本当不甲斐ない。女の子を守れずに怪我までさせて…その誕生日プレゼントまで忘れて…。」

「私誕生日プレゼントは君野くんの笑顔がいい。」

「桜谷さん…。」

その言葉にうるうるしている君野。
その手を優しく握ってあげた。

しかし実際は焦っている。
誕生日が終わって、とっとと記憶を消せる未来を迎えたい。
桜谷は明日誕生日を迎えるというのに、緊張と不安と恐怖でいっぱいだった。

そして誕生日当日。
桜谷は13歳の誕生日を迎えた。

しかし
君野と廊下で朝の挨拶をした桜谷は、彼の対応に床に崩れた。

「あ、えっと…。誰ですか?」

「君野お前…!!!」

堀田が高級な壺を割ってしまったかのようなリアクションをする。

桜谷は廊下の真ん中で肩にかけた真っ黒なスクールカバンを落として、崩れている。
その様子にまたあの3人に問題が起きていると1年生たちは察しているようだ。
スルースキルは高い。

「君野お前、今日桜谷の誕生日だろ!?なんで!?昨日あんなに泣きそうな顔で笑顔だけでいいって言われてうるうるしてたじゃないか!」

思わず堀田が君野の肩を掴んで揺らしてしまう。

「えっと、ごめんなさい…。ほんとにわからなくて…。」

無情にも君野は首を横に降って眉を八の字にして答える。

「ぐすっ…。」

「さ、桜谷…?」

泣いてる…!
あの桜谷が、泣いてる!?

と、内心衝撃波に打たれたような気持ちだ。
彼女に近づいて腰を下ろす。堀田も予想外の出来事になんて声をかけていいかわからない。

「ううう…グスッ…。」

声を殺して泣いている。過呼吸になりそうだ。
ヒクヒクと肩を揺らし嗚咽が止まらないようだ。

「とりあえず、ここを離れよう。君野、教室に戻っていてくれ。」

「うん…。」

堀田はそのまま桜谷の手を取り、肩を抱えて今は人気のない、1年2組の階段先の行き止まりの美術室の前に移動する。
美術室の前には突出した柱があり、その後ろに移動。堀田はそこで桜谷が泣くのを落ち着かせようと深呼吸をするよう落ち着かせていた。

「ほらハンカチとティッシュ。」

と堀田が自分のものを手渡しする。
そして腕を組み、ため息をつく。

こればっかりは仕方ないのだ。君野の健忘症で傷ついた過去のある堀田は、今は桜谷に敵意を向けられない。

でも抱きしめることはできない。

「…辛いよな。なんか飲むか?」

その言葉に桜谷は横に首を振る。
堀田はせめてもと、彼女の背中をトントンと優しく叩いてやる。

「落ち着いて深呼吸しろ。過呼吸にならないようにな。」

「…ふう…ふう…。」

桜谷はその言葉に深呼吸をする。

「…あ!」

すると堀田は何か思い出したように一度ダッシュで教室にもどる。
15秒で桜谷の元へ戻ってきた堀田は
ピンクの小さなおしゃれなショッピング袋の中からその中に入ったピンクの箱を取り出す。

「誕生日おめでとう。」

「え…?」

「これ覚えてるか?3人で行った雑貨屋のやつ。」

「天使の置物…。」

堀田はその梱包を剥がす。
陶器でラメ入りの、ピンクと白のグラデーションの羽を広げた顔がない丸の天使のメルヘンな置物だ。

「いや、ほら、君野と俺ら三人で商業施設に言った時のお前の発言がなんか気になってさ。メルヘンなものが似合う女の子になれなかったっていうの。俺はそんなことないと思う。メガネと髪ゴムのないお前、結構か、可愛かったし…。」  

と、照れながら言う。

いつもならナイフで刺すような言葉をかけてくる桜谷だが、堀田が見たその光景は
その天使の置物に目をうっとりさせて見ている桜谷だった。
その様子に堀田も夢中になる。

「気に入ったか?」

「…ありがとう。」

「お、おう!昨日閉店ギリギリに行った甲斐があったな。」

「わざわざ図書室の帰りに?家全く違う方向でしょ?」

「まあな。帰り夜7時になって流石に親に怒られた。」

「…本当バカね。」

「バカってなんだよ。」

堀田は安心した。彼女にいつもの調子が戻ってきた。
そして真面目な顔をして桜谷にこう言った。

「なあ、ケーキ買ってきたんだ。昼は3人で食べよう。どんな気持ちでも、君野を迎えてやろうな。」

「わかってる。君野くんのせいにするつもりはないわ。」

と、涙声でそう素直に受け入れた。

やっぱり、昨日のキスは夢じゃなかったんだ。
君野くんがしたんだ。
呪いのキスは復活したんだ。
よかった…

泣いている桜谷だが心の中では実は嬉しさも抱えていた。
今は感情がぐちゃぐちゃだ。

その後のお昼で君野を囲んでケーキを食べることに。君野はなぜケーキなのか?と不思議がっていたが、彼女の誕生日ときいて、素直におめでとうと言ってくれた。
そして大好きなものは桜谷を忘れても変わらないと、
誰よりも美味しそうにそのケーキを頬張った。

桜谷もその様子を受け入れた。

その後
家に帰ってきた桜谷は自分の部屋でスクールカバンに入れていた天使の置物を取り出す。

シンプルで、暗い色の壁とアイドルのポスターもなにもない、中学生の女の子には似つかないシンプルな内装。壁には大きな月のデザインの入った鏡が設置されている。

収納は全て壁に埋め込まれているようにある為、より生活感がない。
真ん中にはベッド。その頭側に壁から生える椅子と机の隣に桜谷はそこに天使の置物を置く。

「似合わないわね…。」

鼻で笑ってしまうほど、
そのメルヘンな天使の置物はこの部屋に似つかわしくない。

しかし、桜谷はその天使の置物をその机に肘をつき、そこに顎を乗せて首を傾け、
いつまでも眺めていた。

続く。


今、サポートしたいと思いました? 偶然ですね。私もサポートされたいと思っていました。 いや、そう思ってくれるだけでも嬉しいです。ですがサポートしてくれたら寝る前にニヤニヤします。通知きた画面にニヤニヤしながら眠りにつきたいなんて贅沢なことしてみたいなんて思ってたりしませんよ多分…