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第15話「桜谷VS美咲」

堀田と桜谷は保健室から出る。
君野は水を飲み落ち着いて今はベッドで眠っている。
担任と保健の先生の話し合いの結果、今日は母親に迎えにきてもらいこのまま早退させるという。
寝不足なのか、すやすやと寝息を立てるのに時間はかからなかった。

本当はもっと見舞っていたかったが
保健室の先生は許してくれない。
堀田と桜谷は追い立てられるようにメガネをかけたベテランのおばさんの保健の先生に外に出されてしまった。

「そうなのか。あいつ閉所恐怖症なのか。」

その帰り、桜谷と堀田は教室に入るまで君野の症状について話していた。
体育館の協定は無事に締結されたようで、
二人で並んで歩いている。

「お前さ、君野を愛してないとか本心なのか?それとも俺を苦しめるためのハッタリか?」

「どっちがいい?」

「おい、さっき仲良くしようって言ったのはお前だろ!腹を割って話せよ!結局さっきの話も俺を出し抜こうとしてるのが?」

「半分あってるし半分間違ってるわ。」

「はぐらかすな!愛してなかったら許さないからな。」

「堀田くんは?君野くんとどうなりたいの?」

「俺は君野の健忘症を治したい!治して前の野生み溢れるように戻してやりたいんだよ。」

「可愛い弟みたいじゃなくなっても?あなたから離れたいと言っても?」

「…それは、そん時だよ。」

「ねえ、なんで君野くんはあんな可愛いと思う?」

桜谷が急に保健室の目の前にある二階に登る階段の前で止まる。

「うーん、無邪気で天然で、純粋で、なんもできないところ。」

「ふふ。それって家で飼育する犬猫みたいじゃない。君野くんが可愛いのは愛犬や愛猫のように同じボールとおやつで同じテンションでわんわんとしか鳴かないから。それに、飼い主だけが神様よ。他の世界を知らない純粋な子を自分の思い通りにできるわ。」

「君野を犬猫と一緒にした覚えはない!」

「そうかしら。本当に君野くんの健忘症治したいって思う?それは大義名分で本心は違うんじゃない?自分の弟って支配して、健忘症のままの幼くてお兄ちゃんってわんわん鳴く君野くんが本当は好きなんでしょ。」

「違う!!本当に健忘症を治してほしいと思ってる!」

「…うふふ。冗談。怒らないで。堀田くんの公式お兄ちゃんテストをしてただけ。」

桜谷がそう、尋問をしていた時の嫌味ったらしい言い方からとつぜんニコニコと笑う。
しかし、堀田の心には桜谷のこの鋭利な言葉が心に刺さっていた。

「まさか…そこまで言っといて下心なんてないわよね。」

「な、ない!!あるわけないだろそんなもん…!」

犬猫の例えの後、堀田はぎくっとまたハートに釘が刺さる。

「健忘症治したいって宣言しておいてその本心は下心丸出しでしたなんて。笑っちゃうわよね。神様じゃなくてただのど変態だったなんて。」

「そうだな…。」

どんどん沈んでいく堀田に横目で桜谷はニヤリと笑う。

桜谷はここまで彼が諦めないならと新たな作戦を考えた。
それが【兄弟ルール】だ。

彼は健忘症を治したいと言っているが、わかりやすく君野くんに恋してる。
本人が兄として接するべきか気持ちを整理するか葛藤してるなら、私はその気持ちのダムをせき止めて、溜まった水を抜き続けてやればいい。

恋愛はほら、離せば離すほど燃え上がるじゃない?
ならあえて歪んだ友情を結んでしまって、近くでお兄ちゃんを遵守(じゅんしゅ)してもらおうと思う。こうして、下心だって言っておけば彼の仁義的な性格が自分の首を絞め続けるのだ。

二人が一線を越えないようにすればいいだけの話。
平和を保ち尚且つしたたかに堀田くんを追い詰める。

あの「兄弟」キーホルダーは逆に、二人が本当の気持ちに気づけない呪いのキーホルダーにしてしまうのだ。

アレをつけてる間は安心ってこと。
とてもわかりやすくて、変化にも気づける。

桜谷はそう腹の中で真っ黒く微笑する。

「お兄ちゃん。私もそう呼んでいい?」

「ダメだ!君野だけだ!」

その言葉に桜谷も安心する。
ここまで特別なモノと思っていれば一線を越えられずヤキモキしてくれるだろう。

健忘症を治したいだなんて叶うわけない。
わたしの唇を削がない限りはね…

桜谷と堀田が教室に戻っていく。
自分たちのエリアだけそのまま時間が止まっているようだ。
手付かずの弁当がそのままだ。

「あ。」

桜谷は自分の弁当の中を見た。
大量のケシカスが入っている。

あの女だ。

「うわ、美咲やりやがったな!」

堀田もその有り様にショックを受け

「…悪い。」

とまた平謝り。

しかし桜谷はその弁当をじっと眺める。

「教えてあげなきゃ。」

「なにを?」

「ケシカスグラタンの味。」

桜谷がニヤッと笑う。

「何をするつもりだよ!これ以上報復しあっても何も生まないだろ!」

「冗談よ。そんなの相手を戦闘不能にすればいいだけの話じゃない。」

桜谷の見開いた目と、そうするのは当然だという冷酷さにぞくっとする堀田。

「お前はなんか、漫画とかの復讐する一家の家系なのか?」

「次の時間5分前よ。早く準備したら?」

冗談さえも冷たくスルーされた堀田は、今はそそくさと食べかけの弁当と椅子を片付けるしかなかった。

5時間目がスタート。

担任が荷物を持って行ってしまったために窓側の君野の席はよりがらんとしている。

5時間目の英語の授業は、お腹が満腹になった生徒たちにも眠さとの戦いだ。
何人かのクラスメイトがうとうととシャーペンを持ったまま首を机に落としかける。

しかしお腹を満たせなかった堀田は色々考えていた。
俺の気持ちは…

桜谷に言われた言葉が図星すぎて。
このまま3人で仲良くなったら俺は黙ってあの2人を応援できるのか。
今だって桜谷にずっと嫉妬してる。

桜谷の言う、君野を犬のように手懐けて支配してお兄ちゃんと言う鳴き声をさせてるって言葉が忘れられない。
健忘症を治したいのは建前なんかじゃない。
 
でも
俺が好きになった君野は俺に無邪気にじゃれる君野だった。

はぁ…。

堀田はそう、ため息をつく。
桜谷の言葉の術中にまんまとハマっていた。

掃除の時間

「桜谷さん炭酸と水二つも買うの?」

中央廊下担当の桜谷がその近くにあった自販機で無糖の強炭酸と水を購入していた。
どちらも500mlもある。

「ふふ。たまにはね。」

と話しかけてきた中央廊下のクラスメイトの女子に笑いかける。

「ちょっとトイレ行ってくるわね。」

「うん。いってらっしゃい。」

桜谷はその二つを手に取ったまま移動する。

そして周りの生徒に紛れて掃除してるふりをして新しく買った水を半分以上捨ててしまう。
そして、その水の中に先ほど買った炭酸の中身を流し込んだ。

まるで理科の実験のように真剣な顔で調合する桜谷。
炭酸の方はもう使わないと、一旦水道のところにペットボトルを放置。

その強炭酸入り水を持って向かったのは一年一組。
美咲の席はたしか廊下側の後ろの方。
この水のペットボトルは目立つ派手な女子グループから支持されてるものだ。
美咲は体型にはストイックで、いつも弁当の時間同じものを飲むのをみていた。

桜谷はそれを待って堂々と中へ入っていく。

「あ、ごめんね。美咲さん、私の飲み物間違えたみたいで。彼女の机は?」

「ああ、そこだよ。」

と、ナチュラルに生徒から聞き出した桜谷は誰の視線も受けることなく、その水を引き出しの中に入れるふりをして彼女の鞄を開ける。
そこには飲みかけの同じメーカーのペットボトルが。

桜谷はそのままそれをとり、かわりに強炭酸と水を混ぜたペットボトルを彼女の鞄に突っ込んだ。

そそくさとそのまま帰っていく。
美咲の飲んだペットボトルの中身も同じくらいだ。
多分気づかないくらいだろう。

桜谷はニヤッと笑った。

次の日

「堀田くん。君野くんをみてて。」

「え?」

堀田は桜谷のその発言に驚いた。
その日の昼、桜谷は弁当も用意せずに君野の席で弁当を食べる堀田にそう言った。

「なによ。私達〝友達〟でしょ?」

「…おう…。」

「え!友達になったの!?」

君野はその発言に嬉しそうに目をキラキラする。
昨日から2人の距離を感じていたようでその言葉にいち早く反応した。
桜谷はもちろん昨日も今日まで君野にキスはしていない。

「よかった!でも桜谷さんはどこにいくの?」

「お花摘み。」

桜谷がそう言って何かを目で追いかけている。
堀田がその先を見ると美咲がいた。

そういえば今日の朝も桜谷が下駄箱にいくと彼女の上履きがゴミ箱に捨てられていて、なにかジュースやコーヒーをかけられていて、桜谷は現在スリッパ。堀田もそれに再三美咲に注意するも、どうやらこの行為は堀田が付き合うまでやめないと姿勢を変えないと宣言してしまった。

もはやもう、ヤケなのだろう。

「わかる堀田くん。私は今彼女の餌なのよ…。つまり私も彼女を深い海に引きずり込むことができるの。」

と、なぜがそうニタリと笑う桜谷。
とても朝上履きを捨てられたようには思えない。
堀田もまたここまで桜谷を怒らせたのは自分も関わっているのでそれ以上なにも言えない。

桜谷はそのまま飲み物を持って美咲の後をついていってしまった。

「桜谷さん、一人で大丈夫?」

君野も心配そうな顔をする。

「寧ろ一人のほうがいいんじゃないか。俺等にとっても。」

「どういう意味?」

「いいんだ。…知らなくていい。」

堀田はそうため息を付いた。

「あ!」

美咲は桜谷が前方に歩いているのを見かけた。そして女子トイレに吸い込まれていく。
それを見つけると美咲は悪巧みを考え、
すぐそこの廊下にあった防災用のバケツに入った水をもってトイレに近づく。

そのトイレの中はシンとしている。
桜谷はいないが1番端っこの扉だけは閉まっていた。

「そこね!!!!」

美咲はそのトイレの中めがけて上に投げるようにバケツの水の中をぶっかける。

バシャア!と水が中を覆うように何かにかかりその下から水が洪水のように流れていく。

「ねえなんとか言いなさいよ!!」

美咲はそういうものの、中からの反応はない。

「美咲さん。」

「わ!?」

奥の扉の先に夢中になっていると
その呼びかけで右を向いた美咲。

バシャア!!

「きゃあ!!!」

美咲にペットボトルから思いっきり噴出される水がかかった。

そしてひるんだ美咲に桜谷は、張り手で彼女を突き飛ばしタイルの壁とトイレの隙間に追い込む。

「バカね。そこは掃除用具入れよ。」

桜谷がそう鼻で笑った。

美咲のほうが8センチほど背が高いが、その濡れた美咲をなんとも思わない桜谷はそのまま自分が濡れるのも構わないで顔面を近づける。
目をギッと狂気的にし、美咲もその様子にヒッと静かに声を上げ、体を硬直させる。

「美咲さん、このリップクリームよく使ってるわね。」

と桜谷がいつも美咲がセーラー服の胸ポケットに入れているリップクリームをおもむろに手を突っ込んで取り出す。

「ちょっと!何!返しなさいよ!」

桜谷の手から逃れようとする。しかし桜谷は美咲の足と足の間に片足をいれ、壁につけている。そのため彼女の重心が斜めになり力が入らないのをいいことに離そうとしない。

そして桜谷は美咲の目の前でそのリップクリームを自分の唇に塗った。
唇からわざとパッパと音を立て、まるで性的に狙って襲っている不審者のように美咲の顔に顔面を近づける。

「離して地味メガネゴリラ女!ちびのくせになんでこんな力強いのよ!」

「ねえ最近これつけてて口、痺れてこない?」

桜谷はそういって美咲のリップクリームを見せつける。

「え?どういうこと?」

「例えば、水を飲んだとき口に痺れを感じたりとか…。」

「うそ!!!?そのリップクリームになにかしたの!?」

美咲はそうやって大慌てする。心当たりがあると昨日の水が異様に
ヒリヒリすると違和感を感じたのを思い出した。
気になって暇さえあればリップクリームを欠かさず塗っている彼女は、桜谷がそれをわかってリップクリームに毒でも仕込んだと思い込んだのだ。

勿論、彼女はただ水に強炭酸を流し込んだだけである。

「ねえ美咲さんどうしてほしい?」

意味深にそういう桜谷。
ニタニタ笑いながら、先程毒があると思い込んでいるリップクリームを塗った唇を美咲に近づける。右手で彼女の顔面を持ち、今にも唇と唇がくっついてしまいそうだ。
美咲はヒイイ!と情けない顔でその迫る唇に泣きそうな顔で顔を避けようと
する。

もちろんただの少しスースするリップである。

「ごめんなさい!私…本当はゆうじゅが大好きなの!!大好きなのに本当の気持ちになれなくて…。」

と、聞いてもないのに美咲がそう自白を始める。

「私が電車で朝酔っぱらいに絡まれているのをゆうじゅが助けてくれたの…それで、大好きになったんだけど…心から人を好きになった事なくて…傷つきたくなくて…好きすぎて気持ちとは裏腹なことをしちゃうの…。でも、うまくいかなくて…。」

「…」

桜谷は涙ながらに本当の気持ちを暴露する美咲に、ものすごく冷たい視線で見下す。
しかし可愛い女の子の顎を掴みながら、泣いている姿を間近で見つめるというスリルは彼女のサドをくすぐるものはあったようだ。

クククとなにかふつふつと、内側から込み上げてくる気持ちは桜谷自身を狂気に駆り立てる。

「ごめんなさい…殺さないで!。」

と、美咲が命乞いをしたときだった

「んんん!?」

桜谷が突然美咲にキスをした。

美咲は手足をジタバタさせる。
十秒ほどのキスのあと、桜谷は唇を離した。

そして

「誰もあなたを好きじゃないわ。」

美咲の耳元でそう冷たく囁いた。
ようやく桜谷の力から解放された美咲はへなへなとトイレにしゃがみ込む。

「大丈夫よ美咲さん。これくらいじゃ死にはしないわ。これ以上、私としたくないでしょ?ディープキス。」

と、美咲の耳元で囁く。

「ひいいい!!」

桜谷の意味深な言葉に身の危険を感じたのか、そのまま走り去ってしまった。
一人になった桜谷はつけなれないリップのついた唇を舐める。

「そういえば、君野くん以外にも呪いのキスって効くのかしら…。」

そんな疑問がふと浮かんだ。もし消えたら美咲は研究対象だ。
まあ、そんなことはないだろうと唇を右腕で拭った。

「おかえり!桜谷さん!」

桜谷が黙って教室に帰還する。君野が最初に気づいて桜谷に手をふった。

「なんか微妙に制服濡れてないか?美咲と平和的解決できたのか?」

「むしろ水で濡れるほど深い仲になったの。」

桜谷はそう言って何事もなかったかのように弁当を食べ始める。

「よかったね!これで波田さんも友達だね!」

のんきにニコニコと笑う君野に堀田は腑に落ちない顔をする。

こいつがそこまで余裕綽々なら美咲も寄り付かないよな…
と堀田は桜谷が弁当を食べる様子を椅子に肘をついて眺めていた。

続く。


今、サポートしたいと思いました? 偶然ですね。私もサポートされたいと思っていました。 いや、そう思ってくれるだけでも嬉しいです。ですがサポートしてくれたら寝る前にニヤニヤします。通知きた画面にニヤニヤしながら眠りにつきたいなんて贅沢なことしてみたいなんて思ってたりしませんよ多分…