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下弦の月ノ女神 第5話「君のためのキーホルダー」

「ねえ、ゆうじゅ~。今度こそクレープ食べに行こうよ。私のこと昨日置いていったことはなかったことにしてあげるからさ~。」

美咲はそう、猫なで声で答えた。
今は昼。
この学校は、校内と屋上以外ならお弁当を好きな場所で食べていいというルールがある。

1年2組の真ん中の前の席の堀田の周囲には健康的に焼けた精悍な顔つきの友達の藤井ら男友達。美咲と俺を含め5人で机をくっつけて食べている。

「ねえ聞いてる?ゆうじゅ。なんか元気なくない?」

隣の美咲はそういって、自分の弁当の中にある可愛い子どもが使うようなフォークでミートボールをさして堀田の口元にまで運んだ。
しかし、堀田はそれを受け入れず、口を開けようとはしなかった。
美咲はその姿に口をとがらせ、自分の口に入れてしまう。

自分の弁当も手つかずな堀田。
彼の良き理解者である藤井も心配そうな顔をしている。
その悩みが何であるかわかっているかのように軽いため息を付いた後に
こう答えた。

「君野、今日も昼なんも食べてないな。いじめしている奴らに金も弁当の中身も取られてるみたいだ。」

藤井はそういって窓側の君野を見る。
俺はその話題に目を窓側にうつすと相変わらず一人ぼっちで寝ている君野がいる。

「ああ、あのさ…。」

堀田がそう言いかけた。

「ちょっと!あんなのどうでもいいじゃない。」

美咲はそれに割って入ってきた。
見てくれと立場を重要視する彼女は藤井も睨みつけた。

「どうして君野くんの話題がここで出てくるのよ。彼女の話もっと掘り下げてよね!付き合ってるんでしょ!」

美咲はそうぷりぷりと怒る。
藤井もその言葉に黙ってしまった。
美咲は藤井の幼馴染で、藤井はこんな美咲が好きな様子だったが
堀田に告白してきた。

堀田自身も心の穴を埋めたくて勢いで美咲と付き合ってしまったが、
藤井が美咲が好きで、幼馴染だと知ったのはその後だった。

美咲をよろしくな。
藤井はそう言った時に、堀田は何も考えず付き合ったことに後悔したが、
彼の言葉もないがしろにできないでいる。

「というかさ、健忘症になった理由が、彼女の家で興奮して、2階からガラステーブルの上に落ちたってすごいよな。」

5人の中の男子の鈴木が空気を読まずに笑いながらそう答えた。

「そうだよなー桜谷さんの家で血まみれで病院に搬送されるってさ。」

「え?そうなの?なにそれ聞きたい!」

美咲は途端に水を得た魚のようにいやらしくクスっと笑って興味津々に聞く。
人の不幸話は蜜の味と言わんばかりに、それを別腹とその話に食いついた。

「4月の終わりだったよな。サッカーに夢中だったんだけど女に負けて家に向かったんだと。そうしたらなんでか知らないけど君野が興奮してそのまま2階から落ちたとか。」

「ええ?なにそれこわーい。」

美咲は鈴木の言葉に怪談を聞いたかのように過剰に二の腕をさすった。

「本当にそうなのか?君野、そんなやつには見えないけどな。」

堀田の言葉に、四人の目が全部集まった。

「というと?」

鈴木はまるで芸能人に駆け寄った記者みたいに首を前に出して
目をパチパチさせて興味津々に聞いてくる。

「いや、別に真相を知ってるわけではねえけど…。だってあんなサッカーにストイックだったやつがさ、急にそんなことになるかなって。俺等だってあいつのストイックさにすごいって言ってただろ。」

「たしかにな。そもそも桜谷さんと付き合ってたなんて話聞いたもの驚いた記憶。友達が女の子に負けてサッカーをやめたからって、あんなに女子を警戒していたのにな。」

藤井もそう、事故前の君野の事を思い出したかのように答えた。

「えー?でも芸能人でも表面上はいい人なのに、すごいスキャンダルとかあるでしょ。そういうタイプなんじゃない?」

美咲はそう言ってフォークにさしたミートボールを少し野蛮に食べる。

「もういいわ。この話したくない。ゆうじゅ、絶対放課後待っててね。」

堀田はそう釘を差されフォークの先を美咲にむけられた。

この状況はきっと、桜谷がくれば解決するんだろう。
だからきっと、あんな胸糞な光景だって次の月曜日にはなくなっているはずなんだ…

‐我慢してくれ君野‐

堀田はそう、どうにもできない自分を慰めるように心の中で呟いた。



放課後


「君野は?」

1年2組の帰りの会。担任は、掃除終わりから姿を見せない君野に疑問を持つ。
その言葉に誰も答えられず、なぜいないのかも知らない。

「静かに待ってなさい。」

腹の出たおじさんの担任は連帯責任思考だ。
クラスを解放しようという考えはとうになく、帰りの会は延長されていく。担任がゆっくりいなくなると、教室はざわざわしはじめた。
そして口々に聞こえてくるのはいろんなところから聞こえる君野への悪口。

そして、帰りの会を終えた別クラスのやつらが何事かとドアの小窓からみているのも、1年2組の生徒たちの焦りや不満を爆発させる。
ざわざわとした中に絶対に言っては行けないような言葉も四方八方で聞こえてくる。

堀田はその状況に下を向いた。
そして、頭の中に一つの疑問がわいた。

なぜだろう。こんなこと簡単に解決できるのに。
だって、俺等が助けてあげるだけでいいのにな…。

そのことで段々とイライラしてきたのだ。
これは、自分たちがしてあげなかった結果なだけで
この状況を招いているのはこのクラスのせいなのに。
君野に罵詈雑言の投げかけるおとなしいやつも、普段愛想よくしているやつも、元気が取り柄なやつも…

そしてその
クラスメイトたちと自分が変わらないことに…。


15分後、

ガラガラ…

ぐす…

ふくよかなおじさん担任の後ろについてきた君野は大泣きしていた。その異常事態に、ドアがあいた瞬間、どんなひどい言葉をかけてやろうかと身構えていた生徒たちもその状況に尻込みした。

1番反応したのは、紛れもなく堀田だ。
前に身を乗り出して心配そうにみている。

「…じゃあ。帰りの会を始めるぞ。」

その異様な状況に
結局クラスメイトたちもなにか問題を定義することもなかった。


放課後、帰りの会が終了し
蜘蛛の子を散らすように部活をしている奴らはそそくさと
でていく。


「ゆうじゅ~!クレープ…ってあれ?」

廊下で自身と似たような女子友達と話していた美咲は、それが楽しくて10分後に教室にやってきたが、またも目的の人物はいなかった。
堀田の机にはもう、手提げバックもなにもない。

「嘘!!また!?なんでよ~!!!」

美咲はその場で地団駄をふんだ。


「どうした君野。」

帰りの通学路にある公園
堀田は異常な様子の君野にベンチに座って話しかけていた。

君野はまだ大粒の涙が止まらない様子。
よく見ると頬が少し腫れている。

「またいじめを受けたのか?金を盗られて泣いてるのか?」

「…。」

そう優しく声をかけても、なかなか口を割らずただ下を向く。
彼が抱きしめるリュックをみるとボロボロになっているが、堀田はここで気づいた。

「あれ?キーホルダー…」

君野がリュックにつけていた「弟」キーホルダーがなかった。
それに気づいた瞬間君野はまた大粒の涙を流しながらこう答えた。

「キーホルダーとられちゃった…明日お金もってこないと返さないって言われて…タックルしてでも取り返したかったんだ…」

「キーホルダーなんか…」

堀田は絶句した。いくらお金を盗られても泣かなかった君野が
300円のキーホルダーでこんな大粒の涙を流していることに。

「僕の大事なものだから…。キーホルダーを持っているだけで、学校で話せなくても…堀田くんと…楽しい思い出が蘇って、学校も…辛くないって…」

嗚咽しながら答える君野。
堀田はその状況に自分の目にも涙を浮かべていた。

「キーホルダー、盗られ、ちゃって…ごめん、ね…。」

君野はヒクヒクと声をしゃくりあげながら、鼻水も涙も垂れ流して堀田にそう言った。

その瞬間、堀田は君野を強く抱きしめた。
その強いハグに、君野は驚いたような顔をする。

「お前、俺のこと思って殴られても取り返そうとしたのか…ごめんな…お前本当強いよ。悪かった…俺もクラスの連中と同じだったんだ。」

そう強く抱きしめる。
君野の小さな体は震えている。
夏で暑いのに冷たく感じる

「キーホルダー、持ってたら、堀田くんが…奇跡おこ、るかもしれないって思って…だから…ずっと持ってたくて…」

ぐずりながらそういう君野。
堀田はその言葉に自身も涙が止まらなかった。

「お前の気持ちを1番踏みにじっていたのは俺だった。いじめっ子よりもいひどい扱いしたな…本当にごめんな…。俺もうお前みたいに強くなる。周囲に何を思われても、お前を絶対に守る。」

そう君野の後頭部を優しく撫でた。
なにが世間体だよ。
大事なものを見殺しにしてまで守るものじゃない。
そんなもの…

堀田の心は強く、そう決意が生まれた。
公園には子どもが遠くで遊んでいる。
2人で抱き合って泣いている様子にも目もくれずボールを蹴って遊んでいる。

あんな風にかつて、俺達も何も気にしないでいたんだ。
なぜだろう…誰に言われたわけじゃないのに、なぜ世間体を気にして本当の
気持ちに蓋をしてしまうようになって、自分も幸せではない生き方を選ぶんだろう…

堀田はそう、遠い目をして考えていた。
その時ばかりは、セミの鳴き声も子どもたちの賑やかな声も
聞こえず、自分の生き方をただ見つめ直していた。

そして、長い抱擁のあと堀田は覚悟を決めたように、乾いた涙を拭き、
太眉をキリッとあげた

「楽しみに待ってろ。俺がなんとかする。もう学校で絶対に一人ぼっちになんかさせないからな。」

「でも…」

「ありがとな。俺に気を使ってずっと話しかけなかったんだろ。自分が話しかけたら、俺の持ってるものを壊すと思ってくれていたんだろ。すごいよな。お前って。確かにポンコツだけどその澄み切った心は何よりもお前の強みだよ。」

「…うん…ありがとう。」

君野はそういって、一日ぶりに笑った。
目を細めた瞬間、涙を一粒流した。

「もう泣くな。次お前を泣かすヤツがいたら、俺は容赦しない。」

そういって、君野の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

しかしこの時はまだ、桜谷が戻ってくるまで
このいじめ問題がまだ可愛いものだとは
堀田は思っても見なかった

続く。


今、サポートしたいと思いました? 偶然ですね。私もサポートされたいと思っていました。 いや、そう思ってくれるだけでも嬉しいです。ですがサポートしてくれたら寝る前にニヤニヤします。通知きた画面にニヤニヤしながら眠りにつきたいなんて贅沢なことしてみたいなんて思ってたりしませんよ多分…