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第21話「不服の逃避行」




君野は朝の支度のしてない様子をみられ、まだ恥ずかしいと照れながら、オーブンで焼いたバターを塗っただけの食パンを食べる。

「吉郎、制服にパンカスがいっぱい落ちてる。」

君野母が呆れながら君野のズボンの上をパシパシとはらい、その下に落ちたパンカスをほうきで回収する。

彼はそれを気にも止めず、食べ終わると蜂蜜とブルーベリーの入ったヨーグルトを食べていた。

「まさか桜谷さんが来るなんて…。」

「…ごめんね。驚いたでしょう。」

桜谷はその様子を見守りながら、まだ放心状態で彼に即席の言葉をただ並べる。

「…パンまだ食べていい?」

「いいわよ。ゆっくり食べて。」

桜谷がニコッと笑うと、君野はそう言って食パンをもう一枚袋からとってそれをトースターの中へ。

「もっと前に体つけて食べてね!」

「はぁい。」

母の注意に生返事で答えた。

「はい、行ってらっしゃい。」

君野母に見送られ、
君野と桜谷は並んで家を出た。

「桜谷さんっていつもなん時に起きてるの?こんな早くて眠くない?」

「毎日じゃないわ。君野くんを迎えにいく日だけよ。」

「そんな日があるの?」

「君野くんを好きでたまらないから。」

「あ、そ、そうなんだ。」

どストレートの愛情表現に 
君野はドキッとしたのか下を向いた。

よかった。昨日腰が痛くなかったら彼をベッドの下に閉じ込めていたかもしれない。

それより、なんで呪いのキスが効かなくなったんだろう。
このままじゃ、彼にアプローチができない。
途端に横にいる君野くんの接し方がわからなくなる。

彼もまた昨日の不甲斐ない自分を思い出してるのか、言葉数は少なめだ。

「あ、お誕生日、後2日後だね。」

と、君野はそう場を明るくする話題をふった。

「あ、うん。そうね。」

「桜谷さんって何が好き?食べ物?雑貨とか?」

「そうね、君野くんは何が好き?」

「僕?バニラアイスかな。」

「いつも同じメーカーのもの食べるよね。しかもアイスはバニラだけ。」

「ぼくはスタンダードが好き。シュークリームはカスタードだけ!ケーキもショートケーキが好き!お寿司はさび抜き!」

と、子供が好きなものの話題に
あっという間にまた笑顔になった。

そんな微笑ましいやりとりだが、桜谷は心中穏やかではない。

誕生日?
呪いのキスが効かなくなったのは私が誕生日を忘れないでほしいと願ったから?
それしかわからない。

じゃあ、誕生日が過ぎたらまた呪いのキスは戻ってくる?

「私は君野くんの気持ちがこもったものであればなんでも嬉しいわ。」

「うん…!喜ぶプレゼント用意してみるよ!」

と、君野はリュックのショルダー部分をギュッと掴み桜谷にくしゃっと笑った。

「おはよう!」

堀田は廊下で君野を見つけると、後ろから君野の肩を叩いた。

「おはよう!堀田くん!」

「お、しっかり胸元閉じててえらいな。」

「えへへ、堀田くんが昨日すごくかっこよかったからもう外さないよ!」

「偉い偉い!いい子ちゃんだなお前は!」

と、嬉しそうに君野の髪の毛をボールを持ってきた犬を褒めるようにわしゃわしゃする。
彼はなにかと君野の顔や髪を粘土のようにこねくり回さないと気が済まないようだ。
それに君野も髪の毛が乱れるからとやんわり抵抗するが、ものすごく笑顔だ。

それはいつもと変わらない光景だが、今、呪いのキスが効かない桜谷には、とても不安になるような光景だった。

「よ、腰大丈夫か?」

と、堀田が桜谷に話しかけてきた。

「ええ。今見ての通りよ。」

「堀田くんも桜谷さんの誕生日お祝いするでしょ?」

「…まあコンビニケーキくらいは買ってきてやるよ。」

「ぼくショートケーキがいい!」

「あのな、お前の誕生日じゃないんだぞ?」

「いらないわ。」

と、2人の和やかな空気をスパンと切るように桜谷は冷たく答えた。
それに堀田がムッとする。

「俺ら2人だけ食べてたらそれこそ訳わかんないだろ。こいつだってもう食べる気になってるし、今更可哀想だからお前がいらなくても俺は3人分買ってくるからな。」

「…。」

正直ケーキなんてどうでもいい。
桜谷は悩んでいる。
ここで誕生日をとるか、キスを取るか…。

今、検証しなければ…
2日後の誕生日後も
そのまま呪いのキスが効かなかった場合
ここで行動しなかったことはきっと後悔するに違いない。

でも誕生日は夏休み前からずっとずっと、君野くんに祝ってほしかった。
プレゼントを考えてもらう時間も、祝ってもらう瞬間もずっと楽しみだった。
それが頓挫するのが、どうしても悲しくて仕方がない。

でも、誕生日はまたやってくる。
そう思えば…1年なんて…。

桜谷はそう静かにため息を付く。

昼の時間、堀田が君野の机の前にいつものように弁当と椅子を持ってきたが、
君野は荷物をまとめていた。

「ええ?!病院いくのか?」

「うん。お母さん来てた。」

つまり、母に言われたのを覚えていなかったと君野は答える。

「朝聞いときゃ心の準備できてたのに…。」

堀田は絶句した。
君野は堀田と桜谷に手をふると、そのまま迎えに来た母親と一緒にいなくなってしまった。

「はあ…。」

途端に元気がなくなった堀田は、そのまま君野がいない椅子と対面し弁当を食べ始める。

「俺、どうやって午後を過ごしたらいいんだよ…。」

「自分の席に戻ったら?」

「弁当広げたのにか?」

「知らないわよ。」

「…お前ってさ、眼鏡と三つ編みないと全然違うよな。なんでいつもそれなんだ?」

「…知ってどうすんのよ。」

堀田は桜谷に椅子を向け直しそこに座る。
なにか悪ふざけか?と桜谷は警戒した。

「俺は知りたい。」

「君野くんがとっつきやすい格好をしてるだけ。」

「ふーん…。でも昨日の眼鏡と髪ゴムのないお前、いつもとは全然違ったな。びっくりした。」

「…ソレなにかの作戦?」

と、喧嘩腰に構える桜谷。

「はあ、ご飯がまずい。」

と、食べかけの弁当に桜谷は蓋をしてしまう。

「ここにはもうぬくもりしか残ってない…。」

弁当を食べ終えた堀田は君野の机にダイブし、上半身を机の表面にべたーっと体と顔をつける。

「なあ。お前って中学にあがるまで誰か友達いた?」

と、その状態で隣の桜谷に顔を向けた。

「いないわ。転勤族だったから。」

「ああ、なるほどな。だからお前のことみんな知らないのか…。じゃあなんでそんなに君野が好きなんだ?」

バンッ

と机を叩いた桜谷。

「授業開始まで戻ってこないから。」

と、そのまま教室を出ていってしまった。

「…。」

堀田は静かになると目を瞑っていた。
君野の夢でも見れたらいいなぁと、
窓側特権の日の光に包まれてそのまま眠ってしまった。

しかし掃除の時間になって藤井は掃除をする堀田に大慌てで駆け寄った。

「大変だ!なんかヤバそうな高校生が4,5人校門に集まって喧嘩道場のやつ出せ!って言ってる!そいつら校舎に石投げて窓割ったらしい!!!」

と、プチ事件が起きていた。

「ああ、昨日のか。」

「昨日って、堀田お前なんかしたのか?」

「君野に絡んでたから退治しただけだ。」

「そうか…。とにかく今日はお前は裏門から帰ったほうが良さそうだ。蜘蛛の子散らすように逃げたらしいけどまだ警察に捕まってないから気をつけて帰れよ。」

「ああ…。」

堀田は気の抜けた返事で頭をポリポリかいている。
君野は帰ったからいいが
問題は桜谷だ。顔を覚えられていたら巻き込まれてしまう。

「…というわけなんだ。」

堀田は放課後、桜谷の机の前に立って伝えた。

帰りの会でも同じ話があり、危ない高校生がこの学校の特定の誰かを狙っているという話をしていた。先生たちが見守りをしてくれるというが、また今日はなるべく親に迎えに来てもらうか、一人にはならないようにという通達があった。

「ふうん。」

「お前親の迎えある?」

「ないわ。片親だしお父さん遅くまで働いてる。」

「そうか。じゃあ俺がお前を家まで送ってく。」

「いいわ。そんなことしなくて。」

「ダメだ。俺について来い。」

と、堀田はキリッとした眉を立て、桜谷に右手を差し出す。

桜谷がそれを眉をひそめて見上げると
その顔はいつものふざけた調子ではなく、真剣な顔つき。
敵なのにこちらの身を本気で案じているようだ。
こう言う時強情になる人なんだろう。

「…あなたは帰り大丈夫なの?」

「俺は大丈夫だ。」

「相手がナイフとか鉄パイプとか持ってたらどうするの?」

「俺は黒マッチョを5人、一回の空手の試合で骨折させたことある。」

「いや、知らないけど…。」

桜谷はYESとは言わないが、大人しく従うことにした。
昨日の今日だ。
今度は尻餅だけでは済まないかもしれない。

「裏門から出ようぜ。」

2人はそうして学校を出ることに。
先生たちが警戒しているからか、わかりやすくヤバイ高校生たちの姿はない。

「うわ開いてない。」

裏門前に来たが当然のように鍵がかかっていた。
堀田がバックをなんの躊躇もなく裏門の外にポイっと放り投げる。腰ほどの高さの門を助走をつけて簡単にヒョイっと軽やかに超えてしまった。

そして桜谷に門越しに手を広げる。

「ほら。バッグ。」

「スカートでまたげっていうの?」

「手を貸す。」

堀田は桜谷からスクールバッグを受け取ると丁寧に地面に置いて、桜谷の手を握る。

「正面に立たないで。」

「ああ、はいはい。」

と、桜谷が不器用に門の菱形の格子状に足をかけ、細い橋でもわたるように一歩二歩となんとか乗り越えようとする。

しかし

「きゃ!?」

「おっ!?」

足を滑らせ、彼女は格子状の門から体を太ももまで出した状態で前にずるっと転んだ。

それを堀田がキャッチする。

2人は抱き合う形になった。
桜谷の足がまだ門に引っかかっているが、
堀田が桜谷を抱え、門から引きずり出すように後ろへ下がった。

「あぶなかったな!大丈夫か?」

「…あなたにこれ以上体の重さを知られたくない。」

と、ぷいっと反対方向を向く。

「重くない。君野の方が少し軽いくらい。」

「怒らせたいの?」

と、険悪な雰囲気になりながらも2人はいつもと違う道を選ぶ。

しかし

「隠れろ!」

しばらく繁華街を歩いていると昨日退治した茶髪と金髪の不良が駅前にいた。
堀田ら2人は駅前のビルの物陰に隠れる。
まだキョロキョロと探してるようだ。

「堀田くん、電車で帰れないわね。」

「大丈夫だ。最悪空手の仲間を呼ぶ。」

と、堀田は親指を立てる。
2人が駅裏に向かった。
堀田と桜谷はそこを抜けていつもの道に差しかあかる。

「ここ通らなきゃダメなのか。」

昨日の事件現場がある。
人気のない住宅街の中の広い道だ。あいにくもう一つ行ける道にも、関与をしているかは不明だが不良っぽい高校生がいたためにこの道を通るしかない。


「…。」

「大丈夫か?」

と、一歩踏み出そうとした堀田は隣の桜谷の異変に気づいた。
急に歩行が合わなくなったと思ったら
彼女の足がすくんでいる。

堀田の腕に捕まり、頑張って足を上げようとするが、この先の道を行くのを心が拒んでいるようだ。

「朝は通れたんだけど…。」

と、メガネの先のいつもの人嫌いの目は
動揺していた。

「お前にも人間の心ってものがあったんだな。」

「私をなんだと思ってるの。いいわ、もう大丈夫だから置いて行って。」

「置いていけるか。昨日のことでこの道がトラウマなんだろ。なら、俺が今いい思い出に変えてやるよ。」

と、歯を見せてニカッと笑う。

「は?あ、ちょっと!」

桜谷は突然体が宙に浮く
堀田がお姫様抱っこしたのだった。

「離しなさいよ!どこがいい思い出なのよ!」

と、足をバタバタさせて抵抗するが、
堀田はおろす気はないようだ。
顔の引きつる桜谷に、堀田はさらに彼女を抱える力を強くする

「俺とバッグ離すなよ。」

と、堀田はそのまま桜谷を抱えその道を走り、その道を抜けることができた。  

なんて侮辱…!!
と、思いながらも桜谷はスクールカバンを抱え、落ちないように堀田の首に手を回して密着した。

そして、そのままこの先の商店街などが並ぶ地元感あふれた場所へやってきた。

「もういいわ。知ってる人もいるし、恥ずかしいからおろして。」

「ほら。お姫さん。」

と、桜谷は商店街の入り口で下ろされた。

「ここでもういいわ。私1人で帰る。」

「いや、まだだ。お前を玄関まで届けるまでは絶対に帰らない。それに、君野の買ったコロッケ屋が知りたい。」

「いいってば。もう家近いから。」

「ダメだ!後今日絶対家出るなよ。」

「はあ…。」

堀田くんの正義感は厄介だ。
君野くんと同じ、制服の乱れを絶対に許してくれない時の気持ちみたいになる。

あ、これ、何言ってもダメなやつ。みたいな…

しかし、その後
堀田は心強いボディガードとなり
桜谷はなにもなく自宅に帰ることができた。

「じゃあな。」

堀田は桜谷が玄関に入っていくのを見守るとそのまま来た道を戻って行った。

「…。」

桜谷はドアに鍵をかけるとおもむろに素早く2階にあがり、堀田が無事に帰宅していくのを父の寝室のあるベランダから見守る。

ベランダに出ると、堀田が無事に帰っていく様子が見えた。

「はあ…。」

桜谷はため息をつく。
足には門の時に出来たあざが残っている。
しかし問題はそれではないのだ。

むかつく。
本当に堀田くんは太陽のような人だ。
大地に日光を与える役目をする人だと思う。
ただ私には
眩しすぎる。近づきたくない。

夕日が差し込むベランダに立ち尽くす。
桜谷の髪に心地よい風が流れ頬をくすぐる。

「…まただ。」

普通のカップルならって思ってしまう。
普通のカップルならこんなこと、当たり前にできるんだろうなって思ってしまっている。

昨日の事件は絶対に消えない傷になるとは思ってた。
でもあの人は私の嫌な記憶を上塗りしてくれた。

その代わり悩ましいことも増えた。
あの道を通るたび、彼にされたお姫様抱っこをされたことを思い出す羽目になるなんて…。

「…。」

でも呪いのキスがなくなったら?
私はあの2人から取り残されるだけなのに…

と、桜谷は心地よい風が入るベランダの風に髪を揺らしながら、
オレンジ色に光る夕日の陽を浴び体をオレンジ色に染めた。

次の日の誕生日前日…

「君野、桜谷の誕生日プレゼント考えてるか?」

桜谷がいない男子だけの午前中の体育の時間、堀田はそう君野に声をかけた。

今は短距離走をひたすらこなす陸上の時間だ。
ただ走ると言う地獄の時間だ。

君野と堀田は前後に後ろの方に並んでいた。

「うん、考えたよ…!」

と、桜谷がいないのに口に手を当て小声になって話す君野。

「そうか。なら安心だな。」

「堀田くんも渡すの?」

「いや、俺は…もらっても喜ばないだろ。」

「そうなの?喜ぶよ絶対!」

「そうかぁ?どうやってもそれはないと思うけどな。」

堀田はそう頭をかく。
昨日桜谷と帰宅した時、彼女も普通の人間だと言うことを思い知ることができたらなのか、
君野の提案に絶対に渡すことはないと思っていたその気持ちが揺れる。

「そういや…。」

堀田はふと、3人でダブルブッキングデートした時のことを思い出す。

お昼をカフェで食べた後、とあるメルヘン雑貨屋を通った時のことだ。
桜谷はその中の天使の置物をじっと遠くから見つめていた。

「それ欲しいのか?」

「別に。こんな店来てもこう言うの集めたいと思える女の子にはなれなかったって思い知らされるだけよ。」

と、いつもの強気で何かと言葉の針で刺してくるあの桜谷が、そんなふうに言ったことを今に思い出す。

「ん〜、まあやめとく。」

「えー!」

君野は堀田の言葉に残念がった。
別にそれが欲しいわけではなさそうだった。
というか、プレゼントはやっば君野のしか欲しくないと思うしな…。

と、腕を組む。

「俺がプレゼントするなら桜谷はお前じゃないと喜ばないと思う。」

「僕を箱に入れるの?」

「そのままラッピングだな。ほらよくあるだろ?私がプレゼントだよって。ラブラブのバカップルがするやつ。」

「それやろうかな!堀田くん僕を包んでよ!」

「嫌だ!」

「えー、じゃあなんで提案したの?」

君野はそう言って、まだプレゼントに悩んでるのかそう地団駄を踏んだ。

「悪いな。」

だって俺が欲しいから!
とは言えない堀田だった。

続く。


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