プール自殺
朝、目を覚ます
ベッドの上で現実を認識してしまうまでの0.0何秒の間だけ、私は「今のわたし」であることを意識していない
「今のわたし」が何を忘れてしまいたいのかを、知らない時間
直後、私はすべてを思い出し、知る
わたしは、もうダメになったのだった
そうだ、そうだった
こんなに壊れてしまっているのだった
誰もいない小さな屋内プール
長さ約10m、幅約5mの長方形
かなりの深さがあり、底は見えない
プールの内壁には1mほどの間隔で白いライトが埋め込まれ、その光の点が下に向かって奥深くまで無限に続いている
窓は一つもない
昼なのか、夜なのか、外の様子はわからない
どんな物音もしない
そこにいる私は、高校時代の制服姿で
そしてその私は自分が高校生であり、このプールは自分の通う高校にあるものだと思っている
けれど実際の、私がいた現実の高校にはそんなプールは存在しなかった
夢の中の私に中年のひきこもりである自覚はない
現実の、現在の記憶を消された、未来を知らない17歳の私がそこに立っていた
プールサイドに直立して、そのままストンと落ちるように制服を着たまま水中へ
点々と続く白い光を辿り、潜っていく
深く、もっと深く、もっともっと深く
だんだん息が苦しくなる でも、引き返すつもりなどない
まだまだ深く
両手で水を掻いて、どんどん水面から遠のいていく
苦しい、もう息が続かない
でも、引き返しはしない もっと奥へ
いきなり下から押し上げられる感覚があった
凄まじい勢いで体が急浮上していく
自分の意思に反して強引に水面に引き戻された私は、
何が何だかわからないままプールサイドにしがみついて必死で息をしていた
ほどなくして酸欠状態から脱すると、休む間もなく私はすぐにまた潜る
けれど何度やっても、同じ結果が待っている
見えない力に阻止され、そこから先へは進めない
それでも私は、繰り返す 当然のことのように
自殺しようとしているのだ
夢の中の私も
たとえ夢の中の世界であろうとも、死にたいわたしが私だった
人生のプレッシャーに耐えられなかった
いつか失敗するのが怖かったんじゃない
失敗はすでに、母親のお腹の中にいる時から
あのまま、人間の失敗作として生きていくことがもう限界だった
17歳で私の精神は死んだ 私の精神が死んでもうそろそろ10年経つ
あのときから止まっている
人生の時計は止まっている
私はいまだに17歳なのだ
17といえば一般的にはまだ若いと言える年齢なのだろう
でも私は17歳ですでに年老いていた
人生に疲れ果て、ただ終わりを願っていた
私の精神は17歳で寿命を迎えた
そして肉体の死を、今か今かと待っている
目を覚ましてから0.何秒後かに、私の肉体はもう17歳ではないことを
ベッドの上で思い出す
夢から切り離され、現実を思い知らされる
まだ死んでいないこと
自殺の失敗
人生が続いていくことを思い出す
人は駄目になったからと言って死ねないのだ
どれだけ深く沈もうが、苦しかろうが、死ねないのだ
実際に肺に水を入れて気道を塞ぎ、窒息しなければいけない
夢の中のプールなんかじゃ死ねない