ジェネシス_ノーマル

GEEK-5

「フ○ック! フ○ック!」
 下品な言葉で毒づきながら、操縦桿を握るゲルトを乗せたヘリは、今まさにFBIニューヨーク支局の屋上を飛び立とうとしていた。
 あの二人がここにいるのということは、透明人間の小僧は暗殺に失敗したということだ。なにが“心配には及ばん“だ! あのインチキ野郎め! と、心の中でゾイドギャング団ファイヤークラッカーのリーダーBHを罵倒するゲルト。

「おいおい、FBIニューヨーク支部の副局長サマが、そんな汚い言葉を使うのは感心しないなー」
 耳元で聞こえる虫唾が走るほど軽薄な声に振り向くと、いつの間にか複座に白黒のスーツと覆面の男が座っていた。
「ギ、ギーク!!」
「やぁやぁ、Mrゲルト・ツェルナー副局長殿。こうして会うのは久しぶりだねー。ところで、君さー、今回はオレッチを殺人犯にしようとしたり、NY支局を乗っ取ろうとしたり、事もあろうにファイヤークラッカーと手を組んだり色々してくれたらしいじゃない。
温厚で知られるオレッチも、さすがにちょっとムカついちゃうよねー。
で、どうする? このままヘリを停止して大人しく投降する?
それとも、オレッチ乗せたまま深夜の遊覧飛行決め込んじゃう?」

「う…うるさい! この化物め!! お前ごときクズが、このわ、私に気安く話しかけるなど!!」
「うっわーー、ビックリするくらい品のない罵倒&選民思想だね。引くわー。でも、まぁオレッチは“人間“が出来てるから、その程度の罵倒は許してあげるよ」
 でもさ。と、ギークの声が低くなった。

“俺“の大事な幼馴染みをいじめたのは、さすがに許せないかな

 言うが早いか、ギークはゲルトの握る操縦桿を思いっきり引き倒す。
 浮き上がっていた機体が大きくバランスを崩し、傾いたプロペラが屋上の床をガリガリと削りながら負荷に耐えられずに次々に折れ、激しい振動に機内には警告音が響き渡る。

 ほぼ真横になりながら床面をグルグル回転するヘリの中で、パニック状態のゲルトは悲鳴を上げながらシートベルトを外し機体から逃れようとするが、その腕をギークに掴まれ逃げることは出来ない。
と、その時、ゲルトの目にこちらに向かって飛んでくるプロペラの破片が映った。鋭い金属片は1秒と経たぬうちにゲルトの頭蓋骨を貫通するだろう。

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁああ!!!」

 と、次の瞬間、悲鳴を上げるゲルトの体から一瞬、重力が消えた。そしてすぐさま味わったことのない重力が渦のようにゲルトの身体をもみくちゃにし、体中の骨が折れる鈍い音が頭蓋骨を通して直接脳に激痛を伴って響き渡る。
 これまで体験したことのない衝撃と激痛に、ゲルトは悲鳴を上げることも出来ずに意識を失ったのだった。

 制御を失ったヘリは、折れたプロペラの金属片が操縦席に突き刺さった衝撃でようやく動きを止めた。
 その中にいたはずのギークは、屋上入口でその様子を眺めていた。
 金属片が操縦席に突き刺さるその瞬間、ギークがゲルトを掴んだままテレポートしたのだ。
 ゲルトの方は、ギークの傍らで泡を吹いて倒れていた。
 恐らくはコンラッド・マイヤーが初めてテレポートしたときと同じように重症を負っていることだろう。
「どうだいゲルト。初めてのテレポート体験は」
 短時間で二度のテレポートを行なったダメージに、ギークがその場に座り込んだのと、階段を駆け上がってきたセシリアたちが屋上のドアを開けたのは、ほぼ同時だった。

 こうして、ゲルト・ツェルナーによるクーデター及び、連続殺人事件は幕を閉じた。

 事件の首謀者であるゲルトは、全身十数箇所を骨折し全治六ヶ月の重症で警察病院に運ばれたものの、幸い(と言うべきか)命に別状はなかったという。
 ゲルトに雇われた私兵たちは、重症の者は入院、軽傷のものはFBIニューヨーク支局に拘留され、クラーク支局長自ら尋問を行なっているという。

 勉強になるからと、アントニーに勧められ尋問を見学したセシリア他、若い局員たちは、彼が“伝説の男と呼ばれる所以“を目の当たりにして震え上がったと、セシルが青ざめた顔で話してくれた。
 ゲルトの尋問は、あんなものでは済まないだろうとも。気の毒なことだ。
 それにしても、この気丈なセシルが青ざめるってどんだけ怖いんだ支局長。

 連続殺人犯ジャック・ザ・リッパーは、未だ取り調べにも一切口を開かないというが、検査の結果年齢が14歳~16歳であることや、DNA検査でおそらく南米で暮らす部族の血縁であろうということ、特殊な擬態能を持つ遺伝子を持っているが分かった。
 また、ギークとプロフェッサーGの証言から、彼の擬態能力に目をつけたファイヤークラッカーのリーダーによって幼少の頃に連れてこられ、アサシンとして教育されたのだろうという事で逮捕は見送られ、本件の重要証人として保護プログラムを受ける事になっているらしい。
 事態収束後は、彼の身元引受人にプロフェッサーGが名乗りを上げているとも聞いたが。さてさて、どうなる事やら。

 表向き、今回の二つの事件は、ボーダー協会設立法案に反対するグループとファイヤークラッカーが組んで行なったテロ犯罪であり、テロ首謀者及び連続殺人の実行犯は既に逮捕済みであるとだけ発表されるらしい。まぁ、大体合ってるか。

 その裏では、ゲルトと交流のある議員や有力者たちの調査も秘密裏に進んでいるのだとか。
 ただし、その情報は法案可決に向けての“政治“に使われるらしい。まぁ、真実を明かしたところで騒ぎが大きくなるだけだし、反対派の弱みを握って交渉に使う方がトータルで考えれば得だしな。スッキリはしないが落としどころとしてはそんなものだろう。

 あ、そう言えばヘリコプター破壊の件は、ヘリで逃亡を図ったゲルトとオレッチがもみ合いになった結果の事故ということになり、オレッチは高額なヘリを弁償せずに済んだ。良かった良かった。

 テレビから流れるニュースに、またぞろゾイド犯罪の緊急速報が流れた。
 ということは、そろそろセシルがこの部屋にやってくるだろうから、コーヒーでも淹れて待つとしよう。
 猫舌の幼馴染みに合わせて少しぬるめのコーヒーを。

 NYの地下にアリの巣のように張り巡らされた地下鉄。
 マンハッタン、フルトン・ストリート駅構内にある整備用の扉の奥にある、今は使われていない旧線路を五分ほど歩いた場所にある避難用扉を開けると、そこには吹き抜け二階建ての大きな部屋があった。

 四方の床の壁は天井まで全て本棚になっていて、まるで古書店か図書館の一室のような作りになっている。
 天井には古めかしくもエレガントなデザインのシャンデリアが暖色の光で空間を照らし、壁を挟んですぐ横が線路とは思えない設えのこの空間こそ、ゾイドギャング団 ファイヤークラッカーの幹部専用アジトである。

 その空間の中央に置かれた、重厚なデザインの円卓に五人のメンバーが座っていた。
 三揃えのスーツに今は素顔のリーダーBHから右回りに、
 光を受けて虹色に反射するサングラスをかけ、上下半袖膝丈のスパッツで身を固めた長身の男。
 ショートカットの銀髪に、色素の薄い透けるような白い肌。そんな容姿とは不釣り合いな、光沢を帯びた真紅のライダーズジャケットに細身の革パンツ、ゴツゴツしたブーツでスレンダーな肢体を包んだ女。
 ドレッドヘアの上から時代遅れなデザインの大きなヘッドホンを装着し、ダブダブのシャツにカーゴパンツ、AND-1のバスケットシューズを履いた黒人の男。
 そして、グレーのロングコートに身を包み、スキンヘッドでドクロのマークがついた眼帯の男。
 リーダーのBHを除けば、総じて若く見えるこの四人が、ファイヤークラッカーの“正規幹部メンバー“である。

「なぁリーダー、ゲルトとあの小僧は始末しなくて良かったのか」
 眼帯の男が銅鑼声でBHに尋ねる。
「なに、あの二人には重要な事は何も教えてはいないからな。わざわざリスクを冒してまで始末する必要もない。サンドシールドやジャックハンマーと同じ、使い捨ての駒だ」
「まぁ、二人共それなりに役には立ったしね。ゲルトのおかげで財界や政界へのパイプが出来たし、邪魔者はあの坊やが始末してくれたもの。ギークとGを始末出来なかったのは残念だけど、あの二人相手じゃ坊やには少々荷が重いものね」
 銀髪の女は、端々に嘲笑を滲ませながらそう言った。
「そんなことよりリーダー、いつになったら俺たちの出番がくるんだよ。もういい加減待ちくたびれたぜ」
と、ドレッドヘア。
「それな。資金だってもう十分に貯まったんじゃねーの? なぁリーダー、いい加減、体が鈍っちまうぜ」
 サングラスの男がドレッドヘアの言葉に乗っかる。

「まぁ、そう焦るな諸君。なに、君たちにはもうすぐ存分に働いてもらう。それまではのんびりしているといい」
 そう言うと、BHは蒸留酒コスケンコルヴァ・ヴィーナの注がれたグラスを持ち上げる。

「では、我々の未来に。スコール!」
「「スコール!」」
 BHの音頭に合わせ、その場の全員が声を上げる。

 それは、大都会NYを舞台に、ボーダーとゾイドギャング ファイヤークラッカーとの歴史に残る戦いの開幕を告げる咆哮だった。

To be continued?

GEEK-4 ・ episode3へ

これにて、NYの連殺人事件のエピソードは終了です。(*´∀`*)
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
次のエピソードは、また少し時間をおいてからスタートする予定ですので、どうかお楽しみにー!

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本エピソード作品
→ GEEK2GEEK3GEEK4

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