プラプラ堂店主のひとりごと㊺
〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜
空回りの日のはなし
灰色だった山の色が、ふわりと淡いグラデーションの緑色に包まれている。この時期の山並みの緑が好きだ。ふと、旭岳に行きたくなった。なに、登山ではない。ロープウェイで登って散策するだけのこと。でも、いっぺんで魅了された山だ。アイヌ語では「神々が遊ぶ庭」と呼ばれている。北海道の自然の雄大さを肌で感じられる場所だと思う。
(ああ、旭岳に行きたい)
すぐに近くのホテルを予約した。ぼくとしてはめずらしいことだ。そして、3日後。仕事を早めに切り上げて旭川に向かった。札幌からは、車で3時間ほど。山の麓まで来て、まだ雪がかなり残っていることに驚く。雨上がりの湿気と雪解けの蒸気で、濃い霧の山道。慎重に車を進めた。ホテルに着いた時はどっと疲れていた。でも、久しぶりに旭岳の景色に会えると思うと元気が出る。チェックインをして、フロントの人に聞いた。
「明日のロープウェイの時間を教えてください」
「お客様、ゴールデンウィーク明けから一ヶ月間、旭岳のロープウェイは設備点検のため休業中です」
「えええ??」
「この時期はいつも休みなんですよ」
なんてことだ。一番の目的が…。ぼくは言葉を失った。うなだれて、ホテルの部屋に入る。そのまま、ベッドに倒れ込んだ。どうして一番大事なことを確認しなかったんだろう。ああ、ああ、本当にもう!!
しばらく、頭が真っ白のまま天井を見ていた。
(することがないなら、どうする?!せっかくなのに!何か面白い場所を探さなくちゃ!)
いつもなら、すぐにそんなことを考えていた気がする。でも、不思議とそんな気にもならなかった。とりあえず、温泉にでも入るか…。
源泉掛け流しの湯は肌に柔らかく、心地よかった。身体が芯からあたたまる。そして、風呂上りの水の美味いこと!大雪山の源水。そういえば、東川町は北海道で唯一、上水道のない町だ。地下水が飲み水なんて、贅沢だよなぁ。夕食もゆっくりと食べた。どうせ、することもない。一口に30回は噛むといいとか言うけど、出来た試しがないな。せっかくだしやってみようか…。んん、ちゃんと味わうって、いいもんだな。
ゆっくりと食事を噛みしめながら、ぼくは、味だけではなく(今)という時間を味わっていることを感じた。
うん。
空回りの日も、たまには悪くはないかもしれない。
明日は、目的のない時間を、今を、楽しもう。
ありがとうございます。うれしいです。 楽しい気持ちになることに使わせていただきます。 また元気にお話を書いたり、絵を描いたりします!