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プラプラ堂店主のひとりごと①
〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのお話〜
プラプラ堂は、古道具屋です。まあ、あまり古道具屋らしくない名前だとは思うよ。どうせなら、珍品堂とか懐玉堂とかもっと威厳のある名前がよかったかなぁと思ったり。
どうしてプラプラ堂という店名を付けたかというと、ぼくが仕事を辞めてプラプラしている時に始めた店だから。うーん、あまりにひねりがない。でも別に古道具にこだわりがあるわけじゃないし。骨董品みたいな年代物が置いてある店じゃないから、これでいいかなと思ったんだ。ま、要は何も考えずにつけたってこと。
こんないいかげんなぼくだけど、古いものはわりと好きなんだ。おじいちゃんの家で暮らしたこともあるからかなぁ。もちろん、ぼくもこどもの頃は新しいものが大好きだった。欲しいものもいっぱいあったしね。でも100均とか、安い物がたくさん出回るようになったあたりからかなぁ。新しい物を買っても、すぐつまらなくなって部屋の隅にたまっていく。昨日までキラキラして見えたのに、急に薄汚れて見えたり。そういう繰り返しがなんとなくいやになって。古い物の魅力に気が付くようになったのは、そのあたりかもしれない。こういう商売を始めた今でも、骨董市に行ったり、古道具屋を覗いたりするよ。気に入ったものを買う時もあるけど、どちらかというと見るのが楽しいんだ。骨董の価値とか、今だにぜんぜんわかんないけどね。
古道具屋を始めるきっかけは、湯呑みだった。いや、抹茶碗という、茶道の道具。その抹茶碗の声が聞こえたんだ。
今、ぼくは札幌の実家に一人暮らし。ぼくの母は5年前に亡くなった。父は、ぼくが小学生の時に離婚して東京にいる。それで、1年くらい前かな。ぼくは勤めていたデザイン会社を、なんとなく辞めて。先のあてもなくて、本当に毎日プラプラしてた。さすがにこのままじゃまずいと思い始めて、とりあえず家でも仕事ができるようにと実家の整理を始めた。母が亡くなってから、ずっとそのままの手つかずだったから大変だった。
物置きになっていた部屋を片付けていた時。母はお茶をやっていたんで、茶道の道具があった。ぼくは使えないし、押し入れにでもしまっておこうと思って、ダンボールへ入れていた。
そしたら急に、
「…良くしてもらいましたよ」
と、声がしたんだ。
「え?」
ぼくがびっくりして、キョロキョロすると
「ああ、よかったぁ。あなたには聞こえると思ってましたよ。私はね、あなたが手にしている抹茶碗です」
ぼくはびっくりして、手に持っていた茶碗を落としそうになった。
「きゃ、気をつけて!…まあ、びっくりするのも無理ないと思いますけどね。あなたのお母さんも、そそっかしい所があったわねぇ。でも、物を大切にする人でした。私たちはね、みんな感謝してるんですよ」
「そ、そりゃあ、どうも」
「で、私をどうするつもりです?」
「え?いやあ、ぼ、ぼくは使えないし、押し入れにしまおうかと」
「そうねぇ。あなたには使えないわよね。でも、暗い押し入れに閉じ込められるのは嫌だわぁ。ねえ、ひとつ、古道具屋をやったらどうかしら?」
「古道具や?」
「そうよ。あなたは私が見込んだ通り、私たちと話ができる才能がある。道具はね、まだ使って欲しい時は一生懸命人に訴えるものなのよ。そういう物には魂が宿ってるの。だから、必ず売れるわよ。そりゃね、億万長者にはなれないけどさ。食いっぱぐれることはないわよ」
その頃のぼくは、仕事への意欲がぜんぜんわかなかった。(とりあえず家でフリーの仕事でもしてみるか)なんて思っていたけど、きっと現実はそう甘くない。で、そんなら、やってみようかと思ったんだ。
さすがに家では無理だと思って店の場所探しをしていたら、ちょうど近所に小さな空き店舗があった。古くて狭かったけど、ぼくにはちょうどいい。格安だし。 最初は実家にあった物が中心で、古い日用品がポツポツ置いてあるだけ。でも、自分で言うのもなんだけど、なかなかいい感じになった。お皿、湯飲み、蕎麦猪口、カゴや古い木の本棚。札幌という土地柄、アイヌの木彫りやお盆なんかも置いた。
店の商品は、ぼくに話かけてくれる物だけ。話しかけるといっても、手に持った時に、耳の奥に鈴のような音が微かにするような感じ。ひとりの時間に、改めて手に取るんだ。話しかけるような気持ちでね。こっちが心を向けると、安心するのかな。いろいろとおしゃべりしてくれる。おかげで、お客さんがいない時間でも、ぜんぜん退屈しない。店の商品は全部ぼくと話をするから、お客さんに買われていく時には、少し寂しい気持ちになるけどね。でも、道具たちはみんな、また誰かに必要とされることを望んでいるから。きっと、幸せだと思う。
抹茶碗の言った通り、店の商品は多少高めに値をつけてもよく売れるんだ。おかげで生活に困ることはない。この抹茶碗は店に置いてあるよ。ぼくの相談取締役としてね。もちろん、非売品。
最近は常連さんも出来て、店に売り物を持ってきてくれる人も増えた。買い取りの基準はもちろん、ぼくに話しかけてくれること。でも、店に持ちこまれる物を手に取ると、不思議とあの鈴の音がすることが多いんだ。
ガラス瓶のはなし
そのガラス瓶が持ち込まれたのは、つい先日だった。
長い歳月で風化して瓶底が丸くなって、所々銀化してた。薄いエメラルドグリーンがとてもきれいで、ぼくは一目で気に入ったんだ。手にした時、音が聞こえたから、買い取り成立。でも、音がしなくても買い取っていたと思う。そのくらい、なんというか、惹かれるものがあった。
この瓶は、とてもおしゃべりだ。長いこと海に漂っていたんだって。海で出会った魚のことや海の上を飛ぶ鳥たちのこと、大きな船のことなどたくさん話してくれた。ぼくが一番気になったのは、プラスチックの話。
「海の上で波に揺られるのってさぁ、けっこう気持ちいいんだよね。おいらは同じ瓶の仲間にも会ったよ。結局別れちゃったけど。それよりたくさん会ったのはさぁ、なんだっけな、ほら、もっと軽いやつ!同じような形なんだけど、瓶じゃないんだよ…」
「あ、もしかして、ペットボトル?」
「ああ、そうそう!そんな名前だよ。あいつらにはよく会ったぜ。ガラスみたいに強くないんだろうな。つぶれたり、ぐちゃぐちゃの変な形になってたよ。おいら、何度も話しかけたけどさ。でも、あいつらはしゃべれないんだよ」
「え?なんでだろ」
「思うに、まだ時間が足りないんだろうな。こうやって魂が宿るのだって、ある程度時間が必要なんだよ」
「ああー」
そりゃそうだよね。プラスチックはほとんどが使い捨て。魂が宿る前に捨てられるんだから。
「でも、泣き声が聞こえるんだよ。小さい小さい泣き声が。夜になると、星空の下で波の音に混じって、しらしら、しらしら、、ってさ。なんとも言えず、悲しい声さ。たくさんのペットボトルやらぐちゃぐちゃにつぶれたモノから、毎晩毎晩聞こえてくる。前は、こんな泣き声が聞こえることはなかったんだけどな。おいら、夜の海が嫌いになったよ」
「なんだか、ごめんよ」
「アンタに謝られても困るぜ!でも、人間のせいには違いねえなぁ」
「うん」
「海に何も見えない夜も、なぜかあの泣き声は聞こえたなぁ」
「もしかして、マイクロプラスチックかもしれない」
「なんだよ、それ!」
「すごく小さなプラスチックの破片。今、ものすごくたくさん海の中にあるんだって。このままじゃあ海の魚よりプラスチックの方が多くなるとか。プラスチックってさ、地球に戻らないんだよ」
「ええっ?!死ねないってことかよ!うわ~勘弁してくれよ。死ねずに泣き続けるなんて、サイアクだろ」
本当だ。ぼくは返事ができなかった。海に漂う大量のプラスチックたちが毎晩泣いているなんて。は~~~。
ため息をついて、お茶を飲んだ。はっ、これもペットボトル!
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![加藤真史](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/55056174/profile_9701fefb8745a6c9adad4902532ea9a7.jpg?width=600&crop=1:1,smart)