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完璧なアルバム CDレヴュー イエス『危機』

『危機』はイギリスのロックバンドイエスが1972年に発表したアルバムです。クラシックロックの中でもっと好きな一枚です。

ヘルマン・ヘッセの小説『シッダールタ』を主題にしたコンセプトアルバム。この小説は好きでこれまで5回ぐらい読んでいます。ヘッセ好きの私は、その点からもこのアルバムを気に入っています。

絶好調の時のイエスの音楽を無理やり一口で言ってしまうと、完璧です。完璧な演奏、完璧なメロディー、完璧な歌詞。こう書くと堅苦しい感じもしますが、決してそんなことはありません。名前の通りYesとすべてを肯定したくなる明るさと伸びやかさがあります。

さらにこの『危機』は天上の音楽と言える美しさを持っています。初めてこのアルバムを聞いたときは、こんな素晴らしい作品があったのか、と只々圧倒されたことをよく覚えています。

彼らは練習熱心のストイックなミュージシャンだったそうです。イエスの好きな方から聞いたのですが、1日に10時間程度練習することもあったとか。
そのような熱心さも彼らの音の素晴らしさにつながっているのでしょう。

私は声楽好きなので、イエスの音楽ではボーカリストのジョン・アンダーソンの声に魅力を感じます。伸びのあるハイトーンで、分厚い楽器の音に埋もれなることなく、聞き手を包み込みます。『危機』の中ではジョンのボーカルが神がかっており、ロックという領域を超えて神秘的な美しさを作り出しています。

このアルバムではリック・ウェイクマンのキーボードも素晴らしいです。クラシックの名曲にも負けない荘厳さがあり、アルバム全体を格調高いものにしています。ウェイクマンは恐ろしい程のテクニックを持っているミュージックです。マルチキーボードと言われる演奏が特長です。自分の周りにピアノやハモンドオルガンなどのあらゆる種類のキーボードを積み上げて、各楽器の間を移動しながら演奏します。ライブの動画を見ていると確かにそんな演奏で、よくあんなことができるものだと驚いてしまいます。

現在メジャーなレコード会社で、こんなアルバムを出そうとすると絶対に反対されるでしょう。全部で3曲しかなくて、それぞれの曲が異様に長いアルバムです(1曲目は19分近く)。シングルカットできそうな曲もありません。それでも1972年当時はメジャーなアトランティックレコードから出ました。1960年代から1970年代はロックの黄金時代でこのアルバムもその時期に属しています。この時期は商業主義が浸透していなかったのかもしれません。

イエスの音楽はプログレッシブ・ロックと呼ばれます。ロックの世界にとどまらず、クラシックやジャズの要素を取り入れて作られた音楽で、イエス以外ではピンク・フロイドやジェネシス、キング・クリムゾン、ELPなどが有名です。

当時20代から30代だった若者たちの新しい音楽を作り出してやろうという気概が伝わってくる音楽ばかりで、聴いていると心が躍ります。まず売れることが優先される現代の音楽界ではプログレのような音楽を作るのは難しいかもしれません。

しかし当時のミュージシャンが切り開いた新しい世界は、確実にのちのミュージシャンに受け継がれています。それを考えると嬉しくなります。例えばレディオヘッドの『Kid A』革新的な作品は明らかにプログレッシブロックの影響を受けています。またフレーミング・リップスのようなインディーズのバンドも、プログレの精神を受け継いでいる気がします。

イエスの音楽の柱だったベーシストのクリス・スクワイアが亡くなってしまったので、『危機』のような彼らの黄金期の音を聞くことはもうできません。でもこの素晴らしいアルバムが消え去ることはないでしょう。後に続くミュージシャンたちを刺激し、鼓舞して70年代のイエスが作り出したような斬新な音楽が生まれるきっかけになるはずです。




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