生きること
昨日、土曜日は、一日中、ソファーで、ダラダラと過ごし。
物事を考えるということすらできず。
私の基本、”デフォルト”であるけど、昨日は、無理やり、何かをするようなことはせずに。
主人がこの世から去り、一年が過ぎ。
ある意味、目が覚めた。
自分の立ち位置が、一年後にしてようやく、理解し。
それは、いくつかの片づけないといけない問題に面と向かいながら、一人なんだということに、大きく気づき。
どんなに大変なことがあっても、主人がいれば、乗り越えられてきた。
今は、一人となり、一人で、行動して、一人で解決しないといけないこと。
一人で、”行動を起こすこと”に、冷静に気づくと、不思議と、思考がクリアになる。
そして、強さも、持てる気がする。
主人が亡くなって、死ぬことが怖くなくなった。と同時に、生きることが怖くなくなった。
と、一年前に、どこかに書いたと思うけど。
その直後のコロナウイルス。
特に、感染者、死亡者を多く出した、イタリア、ロンバルディア州に住むせいもあるからか、
それか、ただ単に、私が敏感すぎるからなのか、
生と死の境がわからなくなる。
生きることの辛さ、に直面し。
ここ数か月、自分の中で変化があり、気づき始めていたことだけど、今回、2回目のロックダウンの中、再度、思い、確信したこと。
それは、生きることが大変だからこそ、生きることの美しさ、楽しみを見つけて、生きたいと。