見出し画像

未来のこと - 秋 -

その猫はとある春の日に手違いで我が家にやってきた…

親父が家に帰ってないらしい…
姉貴も私もとうの昔に独立し、しばらく経ったある秋の夜、姉貴から急な連絡が入った。

夫婦喧嘩は犬も食わないとは言うものの、今回だけは無性に危うさを直感した私は、早速その翌日に帰省することを決め、それ以降2ヶ月程の間に何度か実家へ出掛けて母親、父親双方の話を聞いた上で、最後はふたりで直接会って話しをする機会が持てるよう段取りを進めた。

不安な気持ちで実家に帰り着き、扉を開けるとその扉に密着する様に待機していたミクがいつも私を出迎えてくれた。すると私も毎回ミクの目線までしゃがみ込み、ミクの顔をくしゃくしゃしながら「大丈夫か?」って声を掛けた。ミクはニャアと鳴くでもなくただ私の目の奥をじっと見つめていた。

そして毎回後髪を引かれつつ実家を後にする時も、私は必ずミクの顔を両手で包み込み、その目を見て「お袋をよろしく頼むぞ!」と声を掛けて帰っていった。その時もミクはニャアと鳴くでもなくただ私の目の奥をじっと見つめるだけだったのだ。

やがてこの一件は浮気でもなく、病気でもなく、ちょっとした感情のもつれによるすれ違いが起きていたことが原因だったと分かった。最後に話し合いの場をもった後、こんなことが切っ掛けではあったが、父親、母親、姉貴、私、そしてミク…久しぶりに揃った家族全員でもう一度頑張ろう…と泣きながらホッとしたことを覚えている。

あれから数年の月日が経ち、私が帰省すると母親は決まってこの時のことを口にした。本当に不安なまま家でひとりでいるのが苦しくて辛かったこと。精神的に追い詰められ、生きる気力が失われていったこと。そしていつも側にミクが寄り添っていてくれたからその全てを乗り切れたこと。

聞けばその苦しい期間、いつもは自分のお気に入りの場所で日がな寝ているミクが、常に母親に寄り添い、膝の上に乗り、母親が涙ぐむと顔を舐めようとしていたらしい。それは夜寝る時も一緒で、布団に入る時はもちろん、トイレに起きた時でさえ片時も離れずミクが側にいてくれたと…。だからミクを置いてひとり逝けない…そう思えたと。

そうだったのか…  ありがとうな、ミク。
君はちゃんと私の言いつけを守ってくれていたんだね…  本当にありがとう…

私はソファの上のいつもの場所で毛布に包まり寝っこけているミクを毛布ごとギュッと抱きしめた。あったかいミク。小さな心臓がリズムを刻む音が聞こえる。ミクは何が起きたか分からず、ただ毛布から顔だけ出してその目をまん丸くしているのだった。🐈‍⬛

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集