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牛に引かれて善光寺参り

長野県には何度も訪れたことがあるけれど、なぜか善光寺へは行ったことがなかった。なんなら善光寺のことも恥ずかしながら名前くらいしか知らなかった。
そんな私も53歳。ようやく牛に引かれて善光寺参り、となったのだ。
私にとっての“牛”は東山魁夷だ。善光寺のお隣にある長野県立美術館の東山魁夷館。そこで「白馬の森」の展示があるのを知り、長野へ出掛けることにした。絵を観に行くことが目的だった旅。せっかくなのでお隣の善光寺へ行こう、となったのだ。だから、まさに東山魁夷に惹かれて善光寺参り。そう、“惹かれて”なのだ。

日帰り旅なので、早朝に出発。長野駅には8時前に到着。駅からはバスが出ているらしいが、七福神巡りをしながら善光寺へ歩いて向かった。

街は平日の通勤、通学の時間帯。すれ違う人の日常生活を感じながら歩く。ビルの背景には“山”。都内では見ることのない風景だ。街中にいるのに自然がすぐ近くにある、なんとも不思議な光景。この人達は、昼休みにオフィスから出て、街中にいるのに視線の先に自然があるんだ。そんな生活もいいな、もし住むなら駅から歩けるところかな、なんて思いを巡らせ、もちろん七福神巡りも七箇所全てまわった。
そして、善光寺の仁王門に到着。

9時前の仁王門



仁王門をくぐり、仲見世通り。お店もまだ開いていない時間で人も少ない。そして、山門をくぐり、いよいよ本堂へ。ここではお戒壇巡りというのがある。

お戒壇巡りとは、仏様の胎内巡りともいい、暗闇の中を手すりをたどって進み、御本尊様の真下に位置する開運の錠前(仏具の独鈷の形)に触れていただくことで御本尊様とより深い御縁を結んでいただくものであり、またお戒壇を巡ることで、生まれ変わるという意味合いがあります。

せっかくここまできたのだから、お戒壇巡りしてみよう。とはいえ、怖いし不安、しかも人も居ない。迷いもあったが本堂の中に入ることにした。すると、私の前に女性2人組がいた。このまま進めば、お戒壇巡りもこの2人の後ろを歩ける、なんて心強いんだ。と安心したのも束の間。
2人が靴を脱ぐ、私も2人を追い越さないように靴紐をゆっくりほどいて少し時間稼ぎなんかしてみる。しかし、2人はなかなか入らない、お戒壇巡りの階段を降りない。そして、私に向かってひとこと。
「あ、お先にどうぞ〜」

まさかのお譲り。


もう、いい、行ってみせる、ひとりでできるもん。怖くないもん。
そう自分に言い聞かせ、恐る恐る階段を降りた。

暗闇の世界。
右側の壁に手を置き、触りながら歩き始めた。
少し歩けば目が慣れるかな?なんて淡い期待もしていたが、そこは紛れもなく真っ暗闇。目を開けているのに、何も見えない。しっかり深呼吸しないと、パニックを起こしてしまいそうで、必死に呼吸を整えた。右手で触る壁はまっすぐではなく、柱の丸みをもある。手と体が離れないように、足は床を擦るように、ゆっくりと歩く。どのくらい歩いたかわからないが、後ろから男性の声が聞こえた。男性が私の後ろ、女性がその後に続いているようだ。常に男性が声を掛けていた。「今、柱がありますよ、大丈夫かな」「次はまっすぐですね」
人の声が聞こえて、私も少しリラックス。
でも、その声はすごいスピードで近くなり、真後ろに来たようだ。ゆっくり、ゆっくり歩く私の足に男性の足がぶつかった。
「あ、前に人が居ます、前が詰まってますね」とあくまでも優しい言い方ではあるが、私にはこのスピードが精一杯。「すみません、ゆっくりで、すみません」と言う。それに対して返事はなかったが、私は必死に進む。

ひたすら進むしかない。何も見えないけれど、自分の右手を頼りに、自分を信じて進むしかない。光はまだ見えない、不安と戦いながら進む。
「あっ、これっ」
思わず声をあげてしまった。
”開運の錠前”らしきものを触ったのだ。

あと少しだ。錠前らしきものに触れたら、気持ちが強くなったのか、ここからは少しスピードを上げて歩けた。大丈夫って思えたのかな。目を開けているのに、閉じているような暗闇の中、でもやっぱり見えなくとも目を開けている事の重要さを感じながら、歩いた。
そして、ようやく出口の光が見えた。
光の方へ行き、階段を上がり、ゴールだ。

あの不安と恐怖が、たった今、達成感と自信に変わった。やったね私、すごいよ私、大丈夫だよ。1人で歩いてこれたね。と興奮気味に靴を履いた。

怖かったけど、体験してみて本当に良かった。この先の人生、まだまだ不安だらけ。でも、この気持ちを思い出して、もっと自分を信じて乗り越えて行こう。自分を信じる勇気をいつの間にか失くしていたのかもしれない。それを思い出させてくれた、そんな体験だった。

ちなみに、後ろの声の主も出てくるかなと思い、階段の方を見ながら靴を履いた。どんな人なのか興味もあったので、しばらく待った。
けれど、誰も出てこなかった。
ただ単に、私が去ったあとすぐに出てきたのかもしれないけど。

不思議な事もこの体験を更に思い出深くしてくれるような気がする。

何はともあれ”自分を信じる勇気”忘れずに行こう。

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