月をひろう
ことばの一瞬の澱みにきづき
まなざしの一瞬の翳りをとらえながら
きのう愛していると言ったひとが
きょうはもう愛していないと言うのは
きょうも愛しているからだと知っている
きょうもかわらず愛していることに
耐えられないからだと知っている
生き急ぐ無愛想な晩夏の光が
たしかにわたしの筆跡で書かれた手紙を
投げやりに投函して去っていく
書かれた文字を目で追うごとに
時制が赤鉛筆で書き換えられる
はじめて読むものをふたたび読んでいる
目の前にわたしの頭が落ちている
首を刎ねられた鶏のようにそのまま走りつづけ
ぐるりと環を描いて夏に戻ってきたのだ
透けた嘘をつくひとは
よくみえる場所に空白の頁と筆記具を放置した
そのずるさに淡いかなしみしかおぼえなくなったとき
すでに愛する口実を失っていたことを知る
物語から注意深く遠ざかり
ひろった頭を胸に抱く
意味を書き換えるにはあまりに正気なので
有能な校正者のように手書きの文字を手早くタイプし
粛々と語尾の微調整をしている
おだやかな月がわたしの顔にすっかり刷られて
意味を手放した報酬がふたたび他者に向けられている
透明な他者としてただ月をみている
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