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金剛能楽堂「龍門之会」『砧』初見。凄まじき劇だった。人の情。人の声。そして仏による救いを全て叩き込んで、挙句、それは自然の猛威の如き残酷劇となった
上記は観劇直後に記したものだが、一夜明けて、もう少し書き残しておきたい。
「かやうの能の味はひは、末の世に知る人あるまじ」
作者世阿弥の言葉だ。ものすごい自信である。自作を「絶後」だと言ってのけているのだ。
物語は、こうだ。
夫が訴訟のために都に上り早三年。妻が一人で待っている。そこに夫の使いがやってくる。今年は帰るからとの知らせだ。妻は一人の寂しさを砧をうって紛らわす。しかし、夫は帰らない。悲しみのあまり妻は死ぬ。後段で妻は霊となって夫のもとに現れ、妄執のあまり地獄に落ちた、その愛着=地獄の責め苦をかきくどく。やがて仏力によって成仏する。
前シテは生きた人物、後シテはその霊。能楽としては珍しい筋立てだ。
さて。以下断片的になるが。
そもそも訴訟のために3年も故郷に帰れないということが、現実にあったのか。これがすでにカフカ的状況である。
次にタイトルにもなっている砧(衣類を叩いて伸ばす冷式アイロンですね)。これを叩くシーンが前半のクライマックス。とされていて、確かに主の侍女(夕霧)と前シテが砧を打つシーンは、絶妙にスローモーな素振りによって、夢のような印象を与えるのだが、ほんの一瞬なのである。能全体の長さ(おそらく2時間近くあっただろう)に比してあまりにあっけない。その物理的はかなさ。そして、そのシーンにタイトルを負わせた世阿弥の確信。
というか。侍女に夕霧という印象深い名前を与えておきながら、シテの妻には名がないのである。(いやあったのか?少なくとも聴き取れはしなかった)
前段のクライマックス。地謡の「虚しくなりにけり」という低い低い謡とともにハケていくシテ。これが死の表現として成立していることのなんという抽象度!
もしかしたら瞬眠していたのかもしれないが、この能にはお囃子だけで舞うシーンがほとんどない。
謡と囃子方の掛け声が絶え間なく続く声と言葉の充溢した空間。
そこにさしはさまれる。無音の幕間。いや、無音ではない。客席のざわめき、舞台裏の人の気配。そうしたかすかな日常音が、かえって芝居全体をどこでもない空間にしつらえる。
大鼓(大倉流 山本哲也)の声と音の凄まじさ。
後段。人の情がここまで美として昇華されていいのか。何か道を踏み外してしまっているのではないかと思うくらい。地獄から舞い戻ってきた霊が、情愛恋慕の罪によって獄卒に責められる語りが、ただそのまま悲惨で痛ましく、あまりに美しい。砧が責め苦として舞い戻ってくるのも大概なプロットである。
そしてその世界は突然、成仏させられるのだ。成仏による終幕は能の得意技の一つだ。『砧』を観てわかったのは、この手口が、悲惨で美しく、リアルで抽象的な劇空間を、仏力にかこつけて、とりあえず終幕させる。内容の永遠性・永続性を損なわせない、恐ろしく狡知にみちた仕掛けだということだ。
これを書くために少し調べたら、『砧』はいったん江戸時代に上演が途絶え、近世に入ってから、再び演じられたものなのだそうだ。この希望。伝統は常に更新される!