失踪したことがある⑱

2月は逃げる。予想していた通りにあっという間の1ヶ月だった。今年も残す所六分の一。30歳を過ぎた辺りから年々時間が加速している。既に何らかのスタンド攻撃を受けている可能性がある。自分の歳すらパッと出てこない事があるが、代わりに息子の誕生日や身長、体重等はすっと口に出てくる。これが親になるということだろうか。

週末は友人のS医師が遊びに来てくれた。僕の一番の酒飲み友達である。少し昔は町内に住んでいたから、思い立ったらすぐに酒が飲めたが、S医師の転勤で今はそう頻繁には会えなくなった。いつでも飲めた時よりも今の方が繋がりを強く感じるのは何故だろう。会える時には、これが最初のデートであるかの様に油断せずおもてなししようと思う。

基本的に甲奴町民は宴が好きだ。週刊少年ジャンプの麦わら一味といい勝負だろう。S医師が来ると決まって声をかけた地元の同級生の仲間はすぐに集まった。

けして広い方ではない我が家は、この手の集まりの時にはギュウギュウパンパンだ。みんなが集まる時には買い出しから調理まで楽しみながらやっているが、回を重ねるごとに子どもたちの食べっぷりがよくなってきていて嬉しい。よく食べ、よく遊び、よく育て。君たちは可能性の獣だ。

土曜もよく飲んだが、日曜は朝からS医師の趣味である苔類の生態調査に行ってきて、昼から昨夜のメンバーと子ども連れでカラオケに行ってきた。子どもたちはみんな恥ずかしがって歌わないかと心配したが、杞憂であった。小さな歌い手は次々とステージに上がり、おっさんズの喉はほとんど出番がないくらいであった。みんなのびのび育っているのが実感出来て、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。が、調子よく飲み過ぎて、飲み直ししようと再びうちに集まって間もなく、僕は活動限界を迎え、寝入ってしまった。気がつけばS医師が帰る時間となっていて、ひさびさの逢瀬はあっという間に過ぎてしまった。嫌と言うほど飲んだのに、また次に会える日が待ち遠しい。

懸案事項だった、いずれ訪れるであろう同級生とのマリオカート勝負に備えるべく、友人宅からNintendo Switchを持ってきてもらってテストランしたが、小学生時代にはかなり腕に自信を持っていた僕は、子どもたちにその鼻っ柱を折られっぱなしだった。ドリフトやジャンプで加速って何だ。これは僕がスーファミのコントローラーを壊すほどやり込んだマリオカートじゃない。今は耐える時だ。息子の為と偽ってゲーム機を購入し、密かに腕を磨きたい。次は、勝つ。くやしい…ビクンビクン!!

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嫁さんが、さっきのパンチはあまりにアレ過ぎたので、もう一発殴らせろ、と要求してきたが、一発は一発だ。こういう約束はキッチリしないといけない。二発目はないよ、とやんわり断った。

待ち望んでいた砂丘は曇り空の下で僕たちを待ってくれていたが、独りで砂丘を目指し、体育座りで佇んでいたかった僕からしたら、もうそこはだだっ広い砂の脱け殻の様に見えていた。さあ、帰りますか。

ちょっとした事でも遊び心を忘れない迎えのみんなは、砂丘に併設されていた店で、20世紀梨ソフトクリームを賭けて男気じゃんけんを始めた。あれ、これ僕も参加した方がいいやつ?とか思っている間に勝負がついて、奢られる側にならせてもらった僕たち夫婦もお相伴に預かった。気分的に落ち込んでいた僕に、ソフトクリームは糖分という分かりやすいエネルギーを与えてくれたが、精神的にダウンしていた僕にお似合いの砂の味がした。心が死ぬと、味覚も死ぬ。

迎えの車は、ようやく帰路についた。ここで、Oさんから衝撃の提案があった。

「今日帰ったら、ヒロタカ生還の祝いの席を設けとるけえ。」

「ファッ!?」想定外の事態パート2。話を聞くに、今日僕の迎えに来てくれたメンバーは、僕が気を使わないで済むようにOさんが選抜したメンバーであって、一緒に来たがっていたみんなや、心配をかけた有志を集めて、僕のお出迎えの宴がセッティングされているらしい。

基本的に甲奴町民は宴が好きだ。が、ここまで迎えに来てくれただけでも申しわけなさすぎなのに、帰ったら更に大勢の迷惑をかけた人たちが待ってくれている。どの面下げて顔を出せばいいのか。僕はそう思いながら、「えぇ…」と答えるだけで精一杯だった。

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