アルトハッスルとの別れ
何度か書いているのですが、自分の趣味というか、興味をそそられるもののひとつに「放置車両」があります。
駐車場や路肩にずっと停められたままで、車検はとっくに切れている、タイヤはパンクしたまま、窓ガラスには「邪魔!どけろ!」などの抗議文が書かれた貼り紙、もっと酷い例だと、なぜかボンネットが半開きだったり、タイヤが何者かに持っていかれたりしている。
こうして車を棄てて去っていくのは、説明するまでもなく違法で、それを見るのが楽しいというのはお世辞にも良い趣味とはいえませんが、どこか癒されるのです。
世の中には、営業が停止したまま放置されたホテルなどに注目する廃墟マニアという趣味もあり、ガッツのある方は現地に踏み込んで撮影などをされているようですが、自分はそちらにはあまり惹かれません。
車にしても、山に棄てられて雨風に曝された結果、ボディが剥がれて朽ちているような、もはや車の体を成していない状態にまでなると、やりすぎ(?)だと思ってしまう。
あくまで、まだ車の形はしていて、なおかつボロくて、しかし今すぐ廃棄というほどではない、そういう中途半端な状態が好ましい。ビッ○モー○ーの社員に蹴られる以上、ヤンキーにホイールをすべて盗まれる未満くらいのワケあり物件がいい塩梅ですね。
なので、正確にいえば、放置車両というか、放置されているのかいないのかよくわからんけどなんかそこにずっとある、そんな詳細不明の謎の車両が好き、という感じ。
そのような車に最初に興味を持ったきっかけは、小学生の頃に住んでいた家の裏にあった月極駐車場でした。朝も夜も家のベランダからその駐車場が見えたので、毎日のように眺めていたのです。
起きたらまず、歯磨きよりも先に家の裏を見るのがモーニングルーティン。そのおかげで、すべての車の配置を覚えていたほど。今でもだいたいの配置は思い出せる。
その中でもいちばん端っこの位置には、いつも半壊した車が駐まっていました。そこは、近所の中古車修理店が借りているスペースだったからです。
ボンネットが外れたトヨタ・マークII、ずっとスペアタイヤのままの三菱・ミニカ、後ろから思い切りオカマを掘られたらしくリアが捥げてしまっているスズキ・アルトハッスル……。
中でも、アルトハッスルが置かれていた期間はかなり長かったです。このアルトハッスルというのは、スズキの古くからの代表車種である軽自動車のアルトの派生車種なのですが、その形状とコンセプトが面白く、フランスのバンによく見られる、ボディ後部の天井が高い「フルゴネット」という方式を採用していました。
大雑把に説明すると、前部はふつうの乗用車の形をしていて、後部はトラックのような荷室になっている状態ですね。ヨーロッパでは一般的ですが、日本ではほとんど見かけません。
そんな珍しいフルゴネットのアルトハッスルですが、1991年から1992年までの1年間ほどしか生産されておらず、当時の時点でもかなりレアな存在。
まだスズキがワゴンRを発表して大ヒットする前の時代で、軽トールワゴンの先駆けである三菱のミニカトッポのキャッチコピーが「ミニカの変なヤツ」だったくらいで、多目的に使える軽自動車という概念があまりなかったのです。軽自動車で車中泊するのがトレンドの今なら、もっと売れていたかも。
その物珍しさもあって、所有者の方には申し訳ないけど、できるだけ長く修復せずにここに置いておいてほしい、と勝手に思っていました。
この月極駐車場は、どういうわけなのか旧車だらけで、初代のマツダ・サバンナRX-7やら、ある意味で有名な日産・ローレルスピリットやら、ランタボ(ランサーのターボの略)として親しまれた三菱・ランサーEXやら、1970~1980年代の伝説の名車ぞろい。
そんな駐車場が家の裏にあったおかげで、自分は近所で右に出る者はいないカーマニアでした。
まあ、当時の友達は田んぼでトンボをいじめて楽しんでいるワイルドな女の子ばかりで、そのカーマニアっぷりを披露するのは、半年に一度しか会わない祖父の前だけだったのですが……。
そのようにカーマニアを自負していた自分も、アルトハッスルなんてマニアックすぎる車種の名前は当時は知らず、後年になって知ることになるわけですが、なにせたったの1年間しか生産されなかった車なので、その後に一度も見かけたことがありません。
いつしかアルトハッスルは撤去されたのですが、最後の方までボディ後部が間に合わせのビニールシートを被せられたままだったところから察するに、あくまで推測でしかないものの、特徴的な後部のパーツを探すことができず、善処はしたけど結局は廃車にするしかない、ということだったのかもしれません。
そうだとすると、なんともいえずに悲しい。新車として発売されていた時期に購入されたとして、まだ5〜6年しか乗っていなかったということだし。人の出逢いと別れもそうだけど、車もまた一期一会。
家を引っ越した後も、時々は自転車を走らせて、その駐車場を見に行っていました。
謎の4人組のおばちゃんがたまにエンジンをかけるためだけに乗っていたローレルスピリットが消え、久保田利伸さんみたいな人が乗っていたトヨタ・カルディナが消え、羽生善治さんがちょいワルオヤジを意識したような人が乗っていた三菱・ギャランが消え、入り口に放置されて窓ガラスに大量の抗議の貼り紙が貼られたトラックが消え、これも放置じゃないのかというメルセデスベンツが消え(相手がベンツだと怖いのか、こっちには貼り紙はなかった)、遂には住宅地が開発されて、駐車場そのものが消えた。
もう面影はまるでなく、新しく造られた一軒家のガレージには、それぞれの家の車が収められています。
かつてセダンやステーションワゴンがたくさん行き交っていたこの場所で見かけるのは、軽トールワゴンばかり。かつて、軽トールワゴンの先祖がここにいたことは、たぶん住人の誰も知らない。
でも、もしかしたら、アルトハッスルの霊がこの地に……。いや、そんなわけはないな。