マスカレイドを貴女と(1/9):ライヒの素顔
どよめく観客席にウインクをして、僕は舞台袖にはける。
全身を赤茶色のゴシックな衣装で包み込み、フリルの絡みついた大きな黒いテンガロンハットを目深に被り、両目の周りは紫の斑模様、両耳にはスカル柄のピアスという、非日常的な出で立ちで。
今日も、大盛況だった。今日も僕は、ライヒとしてステージに立った。
僕は、というか、ライヒは、「FIN(フィン)」というロックバンドのボーカルである。ライヒはいわゆるカリスマ的なボーカリストであり、FINは地元のライブハウス「マテリアル」では名の知れた人気バンドである。
今日は、5つのバンドが出演するライブ、いわゆる対バン形式のライブの、4つめの出番だった。出番は、バンドの人気や知名度の順番によって決まる。前半に登場するバンドはライブハウス初出演だったりあまり人気がなかったりするバンド、後半に登場するバンドほど大物になる。つまり5つめ、いわゆるトリを飾るのが、いちばん人気のあるバンドだ。
今日のトリは、「リューグナーエンゲル」。
FINもかなり頑張っているのだが、リューグナーエンゲルにはかなわない。演奏力もパフォーマンスも圧倒的で、独特の耽美な世界観に魅了され、FINの固定客を奪われかねないライバルにもかかわらず、悔しいけれど、負けを認めざるを得ない。
そして……。
リューグナーエンゲルの紅一点のボーカル、カレンさんは、僕の永遠の憧れだ。
腰まで伸ばした鮮やかな金色の髪。凛とした真っ白な眉。控えめな水色のカーディガンと上手く対比している。
そして、大きく見開いた、吸い込まれそうに碧い瞳。身長はたぶんそんなに高いほうではないが、その瞳の威力と、その存在感。
演奏が始まり、カレンさんの美しい声が乗る。リューグナーエンゼルは、アップテンポな曲がほとんどない。観客も、他のバンドのように拳を振り上げたり首を振り回したりはしない。みんな、馬鹿みたいに口を開けて棒立ちになっている。いや、ならざるを得ない。
カレンさんは、周りの色や匂いや温度を変えてしまえる能力を持っている。僕は、本気で思っている。
リューグナーエンゲルの演奏が終わり、帰る準備をしようとフロアを出ていこうとすると、2つめに出演していたバンドのホーカルとすれ違った。今の僕はライヒなので、怪しげににっこりと笑って、ペコリと頭を軽く下げ、ウインクしてみせる。
バンドのボーカリストは恐縮した目で、「ありがとうございます!ライヒさん憧れてます!」と上ずった声で言った。僕のほうがむしろ恐縮してしまった。というか、申し訳ない気持ちだ。今の僕はライヒだからこんな余裕をかませるが、人見知りの本当の僕はよく知らないバンドの人にウインクなんてできない。
反対側に、FINのギタリストであるコージュンの姿を見つけた。1つめに出演していたバンドのドラマーと談笑していた。
気さくな性格のコージュンは、対バン相手には先輩後輩を問わず話しかける。もともと、FINがマテリアルの対バンに定期的に呼ばれるようになったのも、初めてライブハウスに出演した時にコージュンが対バン相手の先輩と仲良くなって、その先輩にプッシュしてもらったからだ。
コージュンに「先に帰っとくよ」とLINEを送り、楽屋に戻ると、FINのドラマーのタツジさんと、ベーシストのタクマさんが、楽器を片付けていた。
「お先、失礼します……」
2人に、にっこりと笑ってそう言った。
「今日もカッコ良かったな!」と、耳の周りをピアスまみれにしたモヒカン頭のタクマさんが、僕の肩を強く叩く。
「お疲れっ!」と、パサついた茶髪のタツジさんも僕の頭を叩く。
「タクマさんは、今日はご出勤ですか?」
「おうよ。帰って寝て、8時からよ。お前も来いよ。来る来る、っつって、全然こねーじゃねーかよ!」
「すみません……忙しくて」
僕は、深く頭を下げる。
タツジさんが、僕の顔を下から除き込んで言った。
「ウチもだよー。ウチにも来ないじゃーん。冷たいなー。さみしいなー。ライヒ様が来店したら、ファンの子もわんさか群がってきて、売り上げ上がりそーなんだけどなー」
「いやあ……」
曖昧に笑って、再度「お先に失礼します!」と言って、僕はキャリーバックを持って楽屋の壁を隔てた場所にあるトイレへと入った。壁がすごく薄いので、楽屋の会話はすべてだだ漏れだ。
タクマさんの野太い声が聞こえた。
「なんでライヒって、いつも大きいキャリーバック持ってきてんだ?ボーカルだから、荷物少ないはずだよなあ?」
「さあー?謎が多いんだよねー。素顔を見たこともないしさー。歳も言わないしなー。」
タツジさんが、間延びしたチャラい口調で返す。タクマさんが続ける。
「俺らもともと、趣味で社会人バンド組もうとしてたんだぜ?俺はバーテンダーだし、お前はカフェがあるだろ?数ヵ月に一度バンドやるくらいのノリだったはずなのに……」
「貼り紙でメンバー募集したのがまずかったのかなー?」
「今はネットの方がガチ勢が多いから貼り紙の方がユルいメンバー呼び込めそう、って言ったのお前だろうが」
「うーん。高校生でバンド初心者で何も知らなそうな子みたいだったから、若いギラギラした奴と違ってユルくやれると踏んだんだけどなー。まさか半年前にギターを買ったコージュンくんが、ライブハウスに自主企画を持ち込むまでになるなんてなー」
僕は急いで赤茶色のゴシックな衣装の上下を脱ぎ、シャツとジーンズに着替える。そして、テンガロンハットとスカル柄のピアスと赤茶色の衣装の一式をキャリーバックに詰め、リムーバーを大量に顔に塗って紫の斑模様のメイクを落とす。
鏡の前には今、ライヒではない僕がいる。五分刈りに頼りない目付き、イズミヤの2階で買った安いシャツに、ユニクロの1000円ジーンズの、なんとも気弱で内気そうな、普段どおりの僕がいる。
OZZY-ZOWプロジェクトさんの以前の記事の「おれら」的な要素を抱えた主人公のお話です。
といっても陰鬱な内容ではありませんし別に誰も死にません。すごく長い話でもないのでお付き合いいただければ……。
自分の脳内でのBGMがいくつかあるので、完全に自己満で個人的趣味ですが毎回1曲ずつSpotifyを貼っていきます。スキとか少なくていいからとにかく出したいお話です。
サウナはたのしい。