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発狂しなくても酒は楽しい
漫画『BARレモン・ハート』は、東京都内の某所にあるバーのマスターとそのお客さんとのハートフルコメディで、毎回のごとく、酒に関するウンチクが出てきます。
昔はニガヨモギという幻覚作用を引き起こす成分が含まれており、かつてゴッホやピカソが飲んでラリっていたという、アブサンというやばい酒のことなんかは、この漫画で知りました。
現在の日本で出回っているものはニガヨモギの代わりにふつうのヨモギが使われているので、残念ながら実際に飲んでも発狂できませんでしたが。
ええ、発狂。
20代半ばくらいまでは、お酒を飲んだら人格が変わる人に憧れていました。そして、自分はお酒を飲んだら人格が変わる人なんだと信じ込んでいた節があります。
ドラゴンボールのランチさんは普段は大人しい女性ですが、くしゃみをするとものすごくワイルドな性格に切り替わります。あんなふうになりたかった。
ドラゴンボールを読んでランチさんに憧れる男子はかなり特殊だと思いますが、ああなりたかった。
ていうかランチさんっていつのまにか忘れられていたキャラクターで、地球が侵略されて以降の生死すら不明なので、死亡シーンだけがやたら有名なヤムチャよりも不遇かもしれないな……。
かめはめ波が現代の地球人の身体能力では撃てないことはかなり早い段階で理解していた自分ですが、人格崩壊に関してはいい大人になっても諦めきれなかったのです。
何いってんのかわかんねえと思うが、俺も何いってんのかわかんねえ。けど、なんというか、うん。若かったというか、青かったんですな。まあ今も14歳なので、若いし青いのですが。
あ、14歳ですがあくまでこれはぷらーな星での年齢ですので、地球では酒を飲めます。ぷらーな星は銀河系のどこかにあります。
銀河系にはこりん星というのもあるのですが、だいぶ前に持ち主の女性が手放されたそうでして、現在は空き物件となっています。
あと、へきる星というのもあって、これはもっと昔……。それはともかくとして。
なんとかしてアルコールの力を使ってブッ壊れることが目的だったので、友達との飲み会を除けば、あくまで孤独かつストイック(?)に飲酒をしていました。
そんな自分に、お酒とは酔うためだけのものではないと教えてくれたのが『BARレモン・ハート』だったように思います。まず、あの漫画を読まなければバーの扉を叩くこともなかった。
それまでは、バーというのはお金持ちがブランド物のスーツを着込んで行くものだと本気で考えていたし、40歳くらいになって会社で役職に就かないと入ってはならない選ばれし大人の世界だと思っていました。
ですが、作中の主役でレモン・ハートの常連客の松ちゃんは、いつも金がないモテないと嘆いている冴えないおっさんですし、ゲストで出てくる人もふつうのサラリーマンやOLばかり。
あと、マスターによる酒のウンチクは濃いものの、高尚な話はいっさいしない。最初から最後までドラクエごっこをするだけの回とかもある。
そんなに気軽にバーに行って良いものなのか?と、さっそく地元の店に行きました。作中によく出てくるグレンリベットの名前を店主に言ったら、グレンリベットが出てきました。
いやそりゃ注文したメニューが出てくるのは飲食店では当たり前ですが、自分が踏み出すとは思わなかった世界なので感動しましたね。
店主は同年代でして、緊張と酔いによってどういう会話の流れだったかは覚えていませんが、なぜか気がついたらボンバーマンビーダマンの話になっていました。バーってボンバーマンビーダマンの話していいんだと思いました。
その後、その店に通うようになり、グレンリベットよりもグレンフィディックのほうが売れていることも知りました。
グレンフィディックはイギリスでいちばん飲まれているウイスキー……、だという知識を酒に詳しくない人の前で披露すると通ぶることができます。
酒に少しでも詳しい人の前で披露すると、イギリスではなくスコットランドと言い直せとマウントを取られるか、レモン・ハートのマスターのように19世紀から続く家族経営のグレンフィディック蒸留所について事細かに語ってくれることでしょう。
そうこうしているうちに、発狂しなくても酒は楽しめる、ということに気づきました。
潰れるまで飲まねえと真骨頂を味わえねえと信じて疑わなかったあの日々が、今となっては懐かしいです。
たった1ショット、たった1缶をじっくり嗜む。それだけで本当は充分だったし、それが本当の酒との向き合い方。
10月の緊急事態宣言明けに、1年ぶりくらいにその店に行ったのですが、なぜか1時間くらいキテレツ大百科のブタゴリラ×五月ちゃんのその後について話していました。
それが有意義な時間なのかどうかは果たして謎ですが、楽しく話しながら飲む酒は美味いということを、『BARレモン・ハート』は教えてくれたように思います。お疲れ様でした。ありがとうございました。おかげで発狂せずに済んでいます。
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