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時空警察NoT -Chapter 1/6-

「はあっ・・・、はあっ・・・!」

息を切らせて、駅の階段を駆け上がる青年。現在の時刻は午前9時を過ぎたところで、通勤ラッシュの真っただ中だ。人混みを掻き分けるのも一苦労だが、彼には一刻の余裕もない。

発車ベルが鳴り響く中、駅員に舌打ちをされながら、すんでのところで電車内に滑り込む。胸ポケットのスマートフォンのバイブ音を親指で必死で止めながら、彼は顔を紅潮させている。

待ち合わせ場所までは1駅しかない。先ほどの猛ダッシュと遅刻が確定したことで昂ぶった心臓の鼓動を抑えているうちに、電車はすぐに到着してしまったようだ。

ホームに停まりドアが開いた瞬間に車内を飛び出した彼は、再び人混みを掻き分けて階段を駆け下りる。改札口を通り過ぎたところで、百貨店のテナントの看板が見える方に、不機嫌そうに腕を組む中年の男の姿を見つけ、男の着ている青い制服に刺繍された「NoT」という文字を目にした瞬間、彼は背筋をピンと伸ばす。


「・・・9時18分。遅刻だぞ」

NoTという刺繍が入った制服の男は、足踏みをしながら腕を組んでいる。脂ぎった肌、鼻の下の無精髭、ボサボサの髪とおでこに圧迫された頭。典型的な日本の親父といった風貌である。

「も、申し訳ございませんっ!はぁはぁ・・・。今日からこの部署でお世話になります。新渡戸光一(にとべ こういち)といいます!よろしくお願いいたします!はぁはぁ・・・」

光一と名乗る青年は、汗だくで自己紹介をしながら、男の前で70度ほどまで頭を下げる。


「こ、ここに来る途中で、信号待ちをしてたら隣のおばあさんの足取りがおぼつかなくて心配で手をつないでゆっくり歩いて、その後にパチンコ屋の前で車内に置き忘れられたっぽい赤ん坊が大泣きしててあやしたり警察に言ったりして、その後にタイヤが溝にはまってる車を見つけたから押し出すのを手伝って、その後に・・・」

男は呆れた表情で彼の説明をさえぎる。

「ええい、もういい!君はとんだお人好しだな。言っておくが、我々は公共機関ではあるが決してみんなの便利屋ではない。時空を操るんだ。慈善事業じゃない。肝に銘じておけ。いちおう自己紹介は返しておく。私は空島 流(そらじま ながれ)だ」

「はぁ・・・」

「さっさと、署に戻るぞ」


光一はぼんやりと、前を歩く空島の背中を見る。丸まった背中、ゆったりとした足取り、掠れた小さな声。何もかもが、思い描いていた警官の像とは違う。ただの、くたびれた中堅サラリーマンにしか見えない。

そんなことを、声に出ないように気を付けて考えているうちに、今日から我が職場となるオフィスにたどり着いたようだ。

明らかに築なん十年かは経っているだろう、錆びた鉄骨で組まれたアパート。その右端の一室のドアの表札に手書きで掲げられている文字「時空警察NoT」。

国家機関の本部のひとつとしては、あまりにも質素なその外観に、光一は思わず声を漏らす。

「・・・ボロっちい・・・」

それが聞こえているのかいないのか、空島はガチャコンと鍵を開け、いかにも建てつけの悪そうな重いドアを開ける。

その向こうには、コンクリートの床の上に机と椅子が3つ並べられている。奥には棚があり、書類やファイルが散在しているのが見える。それを掻き分けながら、ぼそりと空島が話し出す。

「新渡戸くん、といったな。お前、何か特技はあるか?履歴書によると、特殊能力は持っていないとのことだが?」

「あ・・・。はい・・・。なんの能力もないんです。だ、だけども、やる気だけは、人一倍・・・」

肩をこわばらせて答える光一を一瞥することもなく、書類の束からいくらかを抜き出し、トーンを少し上げてこう続ける。

「バイトの面接じゃないんだから。そんなのはいらないよ。お前にはまだ、きちんとした任務は与えられないなあ。これでも作れ」

「・・・ええっ!?」

いちばん上に乗っている書類の内容は、こういったものだ。    

じくうけいさつだより

 みんなのまちの

 ゆかいなけいさつ

 こまったときは どうぞ

 きがるに ごそうだんください

「このチラシに、何か軽めの文章を書いてくれ。そうだな。時節柄、『最近めっきり冷え込んできましたね。今回は、お夕食にピッタリのあったかメニューの作り方をご紹介』なんてどうだ」

「・・・会報?僕、料理なんてできないですよ。それに、街の便利屋さんじゃない、って」

「今の若者なら、そのくらいのレシピはアプリですぐに調べられるだろう。単に国が出せと言っているだけの、税金の無駄遣いだ。別に中身はなくていい。すまんが、時空署なんて、普段はただ暇を持て余すだけの部署なんだ。表向きには、便利屋さんでいい。・・・今からもう1人の新人の子を迎えに行くから、草稿を書いておけ。子供にも読める、読みやすいやつを頼むぞ」

そう告げると、空島は音もなくドアを閉めて退出する。

1人のこされた光一は机に向かい、退屈そうにシャープペンシルを指先で振り回してぼやく。

「タイムパトロールでもなんでもない、学級新聞係の仕事じゃん、こんなの・・・」



(Chapter 2/6 につづく)

#ライトノベル #タイムパトロール #連載 #PoNoT #時空警察NoT




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