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-Shelter-

そこは自由すぎて、とても居心地が良かったよ。


誰とも喋らないで済むし、誰の気持ちも伺わないで済む。最高の自分でいられるし、そんな最高の自分が素直に好きだと思えた。


-それが、5歳の記憶-



そこは、まあまあ居心地が良かった。

手をつないで歩きましょう。
小さな部屋で仲良くしましょう。

そう言われたので、そうしたかった。手をつないで歩いてみるのは、そんなにはむずかしくなかったけれど、小さな部屋ではときどき誰かと誰かがケンカをしていて、それを見た僕も、真似をして誰かとケンカしたくなった。でも、ケンカのやり方がよくわからなかったから、なにもしなかった。誰とも仲良くなれたと思わなかったし、誰のことも別にキライじゃなかった。


-それが、10歳の記憶-




ついに、やっと、キライなやつを見つけた。仲が悪いと胸を張って言えるやつを。

居心地の良さ?
おとなしくして褒められても
もうそんなのに飽きたから
なにも感じなくなった。

むしろ僕は自分が大キライで
死にたくて死にたくて死にたくて
死にたいと喚き散らして
傍迷惑でクソな馬鹿になりたいから
自虐できる材料をたくさん
贈ってくれ投げ込んでくれ。

トイレのなかで精魂尽き果てたい。


-それが、15歳の記憶-



キライになることに飽きてきた。
つまらない。もっと不満をくれ。
不平を喚く権利をくれ。
当たり前じゃいられない。
若さは言い訳にもレッテルにもならない。

楽しいことは未知の領域にあったけど、ほとんどが一度きりで飽きてしまった。嬉しさは残らない。
悔しさがたくさん。
もうたくさん。
もうたくさんだ。

お祝いごとがあるらしいけど、
呼ばれもしないし呼んでほしくない。
簡単には脱げないスーツを着ると、
なにかが終わったような気がした。

登録を済ませ進んだ先には、
睡眠不足の大人たちがいた。
目を伏せて大人たちが言った。

「つまらないのが40年つづく」



-それが、20歳の記憶-




案外、つまらないとは思わなかった。
むしろ、興奮していた。

眩しかった。

見たことのないような場所。
会ったことのないような人。
届けられたことのない言葉。

時間の進み方が変わって見えた。

時計がどこにもない街。
恋人どうしが心中した街。
アルコールの匂いがする街。

孤独が許されない街。


タクシーの後部座席に乗り込んで、
話しかけられないように、
酔い潰れて寝たふりをした。

ようやく解放された気がした。



-それが、25歳の記憶-



何度かの正月や夏を迎えた。
外の仕組みは変わっていった。
知らなかった仕組みを知った。
知りたかった気持ちを知った。


同じままでいる厳しさを
転々と巡る忙しさを


どうでもよくなった。
自分が大切だと知った。

変わりたくても変われずに
そのままで過ごしたつもりだけど
いつのまにか年月は過ぎて
僕もそれなりに
変わってしまったらしい。

それは多分
いいことなんだろうか。


忘れていない。
電気を消した、窓も閉めた、
言葉を忘れようと思った、
家族という単語が大嫌いで
属することが大嫌いで
怯えても窮屈でもないと感じた。

新しく覚えた。
諦めはいつか役に立つこと、
慰めは意外に役に立たないこと、
そう簡単には終わらせてくれないよ。
僕が臆病者である限りは。


向かいのビルの窓から
見下ろしてくる奴なんていない。
そんな暇人、なかなかいないよ。


そしてもう、
それを相手にする暇も、
僕には残されていないから。

道路。
横断歩道に集まる鳩たち。
あのカカシが赤いうちは平和だ。

車。
縦に並んで待ち並ぶ人たち。
行き先を塞ぐ邪魔者に音を鳴らそう。

空を飛べても自由はない。
自在に操れても自由はない。


-これが、現在の記憶-

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