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夢から醒めた男-世界が終わる前に-

-彼は、自分がカリスマになれると、漠然と思っていたようだ-

彼は、ろくに歌も歌えないのに、楽器も弾けないのに、それ以前に舞台に立つと失神してしまうほどの弱虫なのに、どういうわけだか、ロックスターを気取っていたようだ。

彼は、ろくに言葉の使い方もわからないのに、ろくに旅も重ねていないのに、詩人になろうとしていたようだ。

まるで、どこかのヴィジュアル系バンドから借りてきた歌詞を理屈っぽく捏ねくり回し、滑舌の悪さを巻き舌で誤魔化しただけの、陳腐で的外れな指摘と、未完成にも程がある世界観を並べて、悦に入っていたらしい。軽率で滑稽な男だ。


-僕はやっと、少しだけ気づいた。見え透いた嘘は、本当のことを映し出す鏡。その鏡を、自ら割るようなことをした。きっと誰かを傷つけて、それを無視してやり過ごした-


彼は、ようやっと、夢から醒めて、自分がどんな顔なのかを確かめた。

思っていたよりも醜くはなく、思っていたよりも丸々と肥えていた。知らず知らずのうちに、与えられた餌に食らいつくことを恥と思わなくなっていたのだろう。湿疹もいくつか見えた。身体に悪いものもずいぶん食べたのだろう。

僕は、こんな顔だ。こんな顔をぶら提げて、少し人通りの多い街へ出る。本当は、心臓が潰れそうなくらい。だけど足は躍り、手の震えは治まらない。止まればそのまま眠ってしまいそうだ。臆病を治すために胃をアルコールで嗜める。


戯けることもしよう。

寂しい素振りもしよう。

交わることだって痛がらない。

後ろ指はいつも刺される前に誘う。



-街へ出た-


思いの外、街はそんなに怖くはなかった。いや、優しすぎて怖かった。

返せるものを何も持たない。だから俯いて走り去る。恥ずかしがり屋を纏った、ただの卑怯者。その卑怯者の命も、明日で終わるらしい。

ならば。

切れた弦を掻き鳴らそう。音楽なんてわからない。コードなんて、もちろん知らない。ヘタクソ未満の、どうしようもない喚き。

どうせ世界は終わる。やっと世界が終わる。なんて素敵な尊い日なんだろう。こんな日を棒に振る今の僕。

せめてこんな日くらい、ロックスターを気取らせてくれ。

どうせ明日になれば、俺は死ぬ。




-な、最高に無様だろう?-


#明日世界が終わる前に

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