見出し画像

マスカレイドを貴女と(7/9):ユキの素顔

今日は土曜日で、バイトも学校も休みだ。新バンドのスタジオ練習の予約を取ったのは明日なので、今日は特に予定はなし。昨日は晩ごはんを食べたのが遅かったので、特に腹も空いていない。安心して昼過ぎまで寝よう。と思ったのだが。

ドアをコンコンと叩く音が聞こえる。普段ならもっと元気良く叩いて来るのだが今日は遠慮がちなのは、ユキもこの前のことを気にしているのだろう。

例のカレンさんのウィッグの件から1週間ほどが過ぎたが、ユキとはずっと気まずいままだった。ユキは晩ごはんを黙って食べ終えたらすぐに部屋にもどってしまう。母親に「ケンカでもしてるの?」と訊かれたが、「いや……反抗期ってやつじゃないかな」とはぐらかしておいた。

僕もそろそろ仲直りがしたいと思っていた頃だった。思春期の女の子の部屋に無断で入るのは確かに良くない。再度ひざまずいて、誠意を見せよう。頭を床に下げようとすると、ドアが開いた。

「にぃに、この前は、ごめんね。……宿題でわかんないとこあるんだ。教えて」

恥ずかしそうに目をそらして、ユキは僕に握手を求めた。その手を握り返して「こっちこそ、ごめんな」と言った。霧島さんが、妹はかわいいと言っていたが、僕も全面的に同意だ。

宿題は算数の問題で、円柱の面積を求めよという内容だった。僕は文系だが、これくらいまでの算数なら理解できる。中学以降に習った方程式や因数分解は、さっぱり理解できなかったが。

「……にぃに」

宿題を片付け終えた頃、なんともなしにユキが口を開いた。

「ライブハウスって、楽しい?」

「ん?なんだ?まあ、楽しいよ。ユキの作ってくれた衣装のおかげで、なんだか違う自分になった気持ちになれて、すっごく気持ちいいんだ。感謝してる」

仲直りのためのおべっかなどではない。僕の、心の底からの感情だ。

「ユキも、行っていい?」

「いや、どうなのかな……。別に、小学生禁止ってわけでもなかったと思うけど、でも、マテリアルはマナーいいほうだけど、モッシュとかは、ユキには危ないかも」

「…………この前の、あのウィッグ」

「あ、ああ……、うん?」

「にぃに、リューグナーエンゲルのカレンさん、って知ってる?」

「…………うん」

いや、知っているも何も、僕にとってカレンさんは憧れのボーカリストだ。

「…………これ、絶対、内緒だよ?……カレンさんの髪はウィッグで、目が碧いのはカラーコンタクト。メイクは自分でしてるみたいだけど。衣装もユキが作ったの。にぃにが演じてるライヒと、ほとんど同じ」

「えーっと、どういうことだ、それ?僕がライヒとしてマテリアルに出るみたいに、カレンさんも中身がいるってこと?」

「そう、そういうこと」

「でも、なんでユキがそれを?マテリアルに行ったことないだろ?カレンさんとどこで知り合ったんだ?」

「……ごめん、それ以上は言えない。でも、カレンさんは、ライヒに会いたがってたよ。だから、新しいバンドで、またマテリアルでライブしてほしい、って」

「……うん。よくわかんないけど」

「あ、あとね……」

「うん」

「ユキも、塾、行った方がいいかな?」

いきなり全く関係のない話題だ。カレンさんの件が気にかかりすぎて、答え方がしどろもどろになった。

「……別にいいんじゃね?」

「え?どっちのいいんじゃね?」

「行かなくても、のほう」

「でもさあ、階堂高校とか目指すなら……」

「目指すのか?」

小6なのにもうすでに志望高校があるのか、ユキは。

「だって、服装とか自由なんでしょ。自分で作った服で登校とかしたいもん」

「そっか……」

小中学校をなんとなく過ごした僕は、特に目的もなく高校に入り、せめてもの居場所としてライブハウスを見つけた。だけど、そのライブハウスにもライヒという仮面が必要だ。

高校生としてはヨーセーのままでいた方が正しいのだろうし、いつか仮面を捨てるべき時は来るのだろう。

素顔のままで輝ける場所を探すために、ユキは悩んでいるのだと思う。

「でもやっぱ、今のうちは遊んどくべきじゃないかな」知ったふうな口を効いて、「また服作ってな」と言って、ちょっとかっこいいお兄ちゃんを演じてみた。演じてみたところで、ライヒが誕生する前の醜態を、散々ユキに見られているわけだが。

カレンさんは、ステージ上では本当に、架空の人物みたいに美しい。もしそれが、本当に誰かが演じているのだとしたら……。僕は、失望するのかな。しないのかな。わからない。

ライヒとしての僕の夢は、カレンさんと共演すること。ヨーセーとしては、……きっと永遠に辿り着けない場所にカレンさんは存在する。

しかし、階堂高校か。霧島さんの妹も目指しているんだっけな。

「ぶ男子メーカー」で作った、コージュンのイメージ。今回は彼の出番はありませんし、主人公はあくまでもヨーセー(ライヒ)ですが、いちおう自分の脳内にはコージュンのソロのエピソードもぼんやりと存在します。ヨーセーはすでに「おれら」枠に片足を突っ込んでいる奴ですが、コージュンはギリギリそこには行かず「フツー」に振る舞えるような奴。

ヨーセーはだいぶソフトな「おれら」ですが、もうひとつ書こうとしていたお話(クラスの嫌われ者たちが一斉に修学旅行先の京都河原町から脱走してスクールカーストをdisりまくる内容)では、DIR EN GREYの大ファンで深夜ラジオ(TBSのJUNK枠)が生き甲斐というわりとストレートな「おれら」が主人公でした。そっちは途中で下書きのまま停滞していますが、なぜかというと書いていて昔のムカついたこととかを思い出してなんかどんよりした気分になってきたからです……。いつ続きを書けるやら。

コージュンのエピソードについては、いずれ書くかもしれないし書かないかもしれないしわかりません(無責任)。ただこの人、このお話の主要人物でたぶんいちばん影薄いよねえ……。

サウナはたのしい。