京都の昔の家こと源湯で過ごす元旦
ここ数年の正月は、京都に住む友人と初詣に行くのが定番となっているのですが、今年は北野天満宮に行ってきました。
初詣でなくても、北野天満宮にはわりと何度も訪れているのですが、やはり元旦ともなると、人がとてつもなく多い。ざっと見積もったところ、確実に7兆人はいた。
「いくらインバウンドとはいえ、そんなにいるわけがない」という友人のツッコミを尻目に、屋台の裏手にある公衆トイレに向かったところ、どうやら裏手に小さな駐車場があるのが見えました。
その駐車場にドーンと構える、神戸ナンバーの立派なデコトラ。
デコトラというのは、派手にデコレーションしたトラックの総称で、2000年代前半までは深夜の高速などをかっ飛ばしていたものですが、だんだんトラック会社の規制が厳しくなっていったことなどが影響して、昨今ではほとんど見ることがありません。
この神戸ナンバーのデコトラ、今どきこんなの文化遺産なのでは?というくらいに、バンパーが長い。
ちゃんと神社の境内内での通行許可証を貼っているので、違法駐車ではないようだが、これがこのまま車検に通るのかどうかは不明。しかし、なぜここにデコトラが?
たぶん、テキ屋の誰かの所有車というのが真相なのでしょうが、しかしまあ、まだあるんだなあ、こういうデコトラ。
向かいには、おそらく同胞の所有と思われる、神戸ナンバーのゴミ収集車も停まっていました。このゴミ収集車もまた、そこそこ古い型のいすゞエルフで、ISUZUマークがまだエンブレムだった頃のやつ……。
ということをトイレから帰ってきてから力説したところ、「おまえ北野天満宮で何に注目しとんねん」という、これまた尤もなご指摘をいただく。
しかし、デコトラだって、ゴミ収集車だって、学問の一種ではある。ここで祀られている学問の神様こと菅原道真さんも、きっとそうおっしゃるはずだ。道真さんの生きていらした時代に、自動車はまだ存在しませんけれども。
そのような学問に触れて、近くのイズミヤでなんやかんやして、友人と別れた帰り。
これから行くところといえば、もちろん銭湯である。
ちなみにこの友人は、私が京都に行く度にわざわざお風呂セットをエコバッグに突っ込んでいることを知っているので、早めの時間に別れたのも、それを察してくれてのことである。今年も友達を大事にしたい。
一年の計は元旦にあり、というように、元旦をどう過ごすのかで、その年の自分の方針は自ずと決まっていく。などということは特に何も考えず、京都大将軍の道を、ろくに地図アプリも見ずにテキトーに歩く。
この辺りを歩くことは初めてではないものの、地元ではないので、地理のすべてを知っているというわけではない。
京都の道路は碁盤の目になっているから迷いにくいとはよくいうが、私からいわせれば、むしろ碁盤の目でどこも似たような道路配置であるが故に、実に迷いやすい。
西大路通と北大路通はなんとなく把握しているつもりだが、京都市内で最も長いといわれる千本通については、どこからどこまでなのか、さっぱり把握できていない。
大将軍と呼ばれる地域をあっちにフラフラ、こっちにフラフラ、小路に流れる小川を伝って辿り着いた、木造建築の激渋銭湯。
源湯だ。
読みは「みなもとゆ」だが、公式の通称は「げんゆ」。昭和3年創業。令和7年の今年は、昭和に換算すると100年なので、つまり、あと3年後に、ここは100周年を迎える。
2019年に廃業される予定だったそうですが、関西を中心に銭湯の再生事業を営む「ゆとなみ社」によって経営が引き継がれることに。
PayPayの支払いに対応していたり、『鬼滅の刃』などのわりと新しめの漫画を置いていたり、現代のユーザーに寄り添った店舗にしつつ、あくまでレトロな内外装は残したまま。
中に入った瞬間から、木の匂いがする。というか、木の匂いしかしない。
下足箱も当然のごとく木造。この下足箱の構造が、現代の感覚からするとちょっと独特で、スリット状というかなんというか、外から中の靴がうっすら見えるような感じになっています。
もしかして、昔は下足箱に鍵がなくて、外から確認できるようにこうしていたのだろうか?
建物の外観は豪奢ですが、脱衣場や浴室はこじんまりとした印象。それでも100年ほどの前の創業当初は、それはそれは広い風呂場だったのかもしれませんが。
浅風呂の底には、泳ぐ鯉のイラスト。
レトロ銭湯にたまにある、この泳ぐ鯉のイラストは、いったい何を考えて描かれたものなのだろうか。いつ頃から描かれはじめて、いつ頃に無くなったのだろうか。
たぶん、浴槽の底に鯉を描くのがナウなヤングにバカウケだった時期があるのだろうな。
浴槽はいずれも小さく、ふたり入ればいっぱいになってしまうので、あまり長湯はしにくい。
京都の銭湯では、浴槽の縁に腰掛けるのはあまりマナーが良いとされないようなので、座って休憩できる場所も少ない。
いちおう、奥のカランの壁が休憩スペースということになっていますが、ここもふたりが限界。
元々はサウナがあったようですが、現在の経営体制に代わってからも、ずっと休止したまま。どうも、構造が独特すぎるサウナだったようで、物理的に直せないのだそうです。
もはや開き直るしかないようで、サウナが壊れていることをネタにしたグッズまで存在する。
なので、浴室の満足度が凄く高いかというとそういうわけでもないのですが、この源湯には、銭湯の店舗の横に、広い休憩処があります。
元々は先代の経営者が使っていた12畳間であり、つまり本物の昭和の家の居間が、そのまま休憩処として使われています。
ここを利用するに当たっての追加料金はなし。休憩処で寛いだ後の再入浴も可能。
となると、途端にめちゃくちゃコスパが良いように思えてくる。無限にここにいたくなる。
あろうことか、炬燵まで用意されている。これはもう、住めと言っているようなものでは。というか実際に、数年前までは先代の方が住んでいらしたのですが。
この休憩処も含めて源湯なのだとすると、510円で京都の昔の家に住む疑似体験ができることになる。風呂つきで。なんとなく贅沢なように思えてきた。
願わくばサウナ復活を……という気持ちはありますが、ここにサウナなんか付けちゃったら、もはや開店から閉店まで入り浸れそうなので、なくてもいいかな。
というか、今のところ特に時間制限などはないみたいですが、実際に開店から閉店まで入り浸たる客とかいるのだろうか。……いや、さすがに飽きるかな?