短編小説 はじまらないで
「俺、兵士になろうかなぁ」
彼の呟きに、私は息を呑んだ。沈黙が二人を包み、それでも彼は覆さなかった。国を守るという考えに至った彼に、震えているだけの私が何を言えるだろうか。
彼は私に微笑みを向け、髪の毛をくしゃっと撫でた。私は国を恨んだ。どうして政治家はイマジンを歌わないのか。絶対に歌が苦手なわけではない事くらいは私にだってわかる。
「だったら私も…」
彼は困ったような顔をして、フッと笑った。そしてのんびりした声をどこかに向かって投げた。
「お前には来てほしくないよ」
私は失望した。残念なことだが、帰りを保証する言葉が返って来なかった事に失望したのである。一緒に震えていて欲しい。私は最低だがそこから足が動かないのだった。彼の身を案じて震える事はできる。しかしそれは根本の解決にはならない。
戦いとは、最前線で当事者になった者がそれこそ生死をかけるのである。守るべきものがある、そんな覚悟を持って奪い合うのが戦いなのだ。
私は彼の守りたいもののうちの一つになってしまった事に耐えられそうになかった。祈るだけでは済まなくなってしまうのだ。そもそも平時ですら、他人には祈る事くらいしか出来ないのである。私の言葉で彼に何か伝わらないだろうか。
ちらりと彼を盗み見る。彼はずっとこちらを向いていて私の視線に気づいている。キスをする?彼の顔が近づいてくる。私は先に彼の唇に唇で触れ、ふいっと顔を逸らした。
彼は頭を掻いた。うーむ、と声を出した。
「もっと」
「…イヤ」
彼は私の肩に手をかけ、体を押し倒すとそのまま唇を噛むようなキスをしてきた。イヤ、と私が呟けたかはわからない。口は塞がっている。涙が滲む。彼はそれに気付かない。声を出そうとする。くぐもった唸り声になる。私の目からはぽろぽろと涙が溢れてくる。
最後じゃ、ないよね?
涙に気付いた彼が、涙を吸い、拭ってくれる。それでも私はわんわん声を上げて泣いてしまう。キスの雨が降る。彼が銃弾の中姿勢を低くして走り回るのを想像する。イヤ、と今度は声が出た。彼の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめる。彼は変わらず涙を吸っている。
「お前はここにいなさい」
怖い。なぜ。あなたと居たい。
「俺の帰りを待てよ」
残酷な事を言うと思い、そして言わせたのは私たちなのだと気付く。彼にまつわる私たちが彼を戦いに駆り立てたのだと。
「行かないで」
「まだ居るよ、感じてるだろ」
彼は私を抱きしめ返した。私はまた溢れ出す涙が憎くて、泣き声を殺すように彼の肩を噛んだ。
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