短編小説 ロンサム・イマジネーション
痒かった。風呂上がりは血流が良くなるので特に痒かった。義雄は首筋を掻きながらスマホの画面に見入っていた。
LINEのトーク画面を開き、眺めた。別れは会ってしたい、と善男は言い、七海はもう別れたの一点張りである。大方七海に好きな人が出来たとか、そんなものなのだろうが義雄の怒りは収まらない。別れを文字で済ますなど人として間違っていると思う。しかし七海の家まで会いに行って、家族に警察でも呼ばれたらと思うと義雄の足は動かない。
七海は若い。義雄より十は若い。気の置けない仲間とバーベキューをした時、パパ活かとからかわれた事もある。
七海はいわゆるゴスロリといった格好を好み、歳よりは若く見える。セックスの時には乱れ方が娼婦のようで、義雄は悔しいが七海にメロメロだった。
痒かった。額を掻きながらクリームを取り出す。チューブからクリームを出すと薄く伸ばす。痒みは少しづつ消えていく。そろそろ皮膚科で新しくクリームを処方してもらわなければならない。
大人になれば治ると言われていたアトピーに今も悩まされている。七海の肌はきれいだった。すべすべしていて毛穴もなかった。七海の肌を触る義雄の手はガサガサしていた。自分の皮膚をこっそり恥じていた。
七海に振られる理由に心当たりがありすぎた。歳、カッとしやすい性格、ファッションセンス、年収、それにアトピー。ぼろぼろの皮膚で触られるのが七海は嫌だったのかもしれない。
ただ、その嫌な事全てを伝えられても耐えられる自信は無かった。しかし七海を手放したくない。あんな女と今後付き合える自信も無かった。
LINEを再度見る。無機質な文字が激しい義雄の心を代弁する。何が欲しい?与えることでしか義雄は愛を伝えられそうになかった。既読はつかない。
義雄は耳元を掻きむしった。こんな所まで痒いのか。義雄はこれから先の人生、耳にまでクリームを塗るのかと思うと頭を抱えたくなった。良いことなんてない。七海に振られたらアトピーを抱えながら家と会社を往復するだけの人生になってしまう。
「七海ぃ」
呟いた声があまりにも情けなく咳払いをして誤魔化そうとし、誤魔化す必要はないのだと気付く。義雄の他に誰もいないのだ。
しかし虚勢も張らずこの先、生きていけるだろうか。七海が笑って「嘘だよん」と言ってくれさえすれば、義雄は気持ちよく眠りにつく事が出来るのだ。
何が欲しい?は失敗だったのかもしれない。いくつの失敗を積み重ねたのか、義雄にはもう考える元気はなかった。
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