短編小説 くたびれた男


 辺りに視線を流す。みんな同じ顔に見える。そこから認識できる顔を探す、いや身体を探す。ベージュのスーツの女、キツそうな化粧をしている。ストッキングにパンプス。悪くない。
 俺はその女のあとをつけるように動きながら女の身体を眺める。胸は小さくもなく、大きいわけでもない。くびれの下に上がった尻。成熟した二本の足が忙しなく動く。階段へと続く通路を歩く俺は女と少し離れてしまったので小走りになる。後ろに着かなくてはならない。

 女の写真を集め出したのはいつ頃だったか。そんな事は覚えていない。初めて撮ったのは女子高生である。向かいに座った女は股を広げて船を漕いでいた。
 近くでイヤホンから漏れる音楽が煩かった。その日会社で上司から長い事嫌味を言われ、昼食を食べ損ねていた。財布にはあと千円も入っていない。帰っても夕飯は二日目のカレーだろう。妻はパートの日だから米を炊くのは俺の仕事である。
 俺はスマホを弄りながらそんな事を考え、カメラのボタンを押す時に電子音を鳴らしてしまい慌てた。だが辺りに俺を気にする人はおらず、女子高生も相変わらず首を上下に揺らしている。パンティは水色だった。ふうん、と声を漏らしてそのままスマホをポケットに仕舞い、女子高生が起きるまで彼女の後ろにある窓から景色を眺めていた。

 このベージュの女はどんなパンティを穿いているのか、ぼんやりと想像しながら、ストッキングが邪魔をして上手く写らないかもしれないと思った。
 階段か、エスカレーターか、女の間に一人を挟んで俺は追いつく。スーツの男が邪魔だが俺より背が低いので女の様子はわかる。ただ手を伸ばした時確実に男に見られるだろう。やはり間は詰めなければならず俺は半ば強引に男の前へ割り込んだ。スマホをポケットから出す。スカートの中に滑り込ませれば終わり。エスカレーターの列はなかなか動かない。イライラしてくる。準備はできている。一人分、前へ進む。女の目が釣り上がるのをぼんやり眺める。気の強そうな女だと思う。
 女はスッと体を左にずらすと一気に階段を駆け上がって行った。あっ、と声が出そうになり、逃げられたと思った。手持ち無沙汰にスマホを撫でる。怒りが込み上げてくる。クソ、クソったれが。ザワザワとした雑音が途端にうるさい声に変わる。雑踏が背中におおい被さるようで怒りはますます大きくなっていく。エスカレーターの順番がくる。カメラには醜い男が写っている。シャッターボタンを押してはならない。こんなもの残してはいけない、それだけがわかる。上へ。上へ上へと押し上げられていく。

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