短編小説 呪い
トイレから出られなくなった。
鍵は自分で掛けたものだし、トイレットペーパーで既に拭いた。けれど立ちあがろうとするとお腹が急にキリキリ痛む。痛みを収めようと再び息む。すると空気も出ないのでため息をつく。
立ちあがろうとする。キリキリした痛みの繰り返しである。参ったなぁ、と独りごちペーパーホルダーに手をやる。勢いで立ちあがろうとの算段である。足に力が入らない。こうしてトイレに篭って十分は経ってしまった。腕時計はしていない。傷がつく。製品にも腕時計にも。スマホを取り出して時間を確認する。十六分である。えっ、と思わず声が出る。これでは自分が忌み嫌っているトイレサボりと同じではないか。冗談じゃない。膝に両手を置いて立ちあがろうとする。とたんに腹がキリキリ痛む。まじかぁ。脂汗をかきながら悠斗は天を仰いだ。
仕事のやり方についての注文ではなかった。昼休憩で使っている部屋を、女性が使うことにしたいから男性社員は別の部屋を使うようにというお達しを受けたのだ。
悠斗はどこで昼寝をしたらいいのか分からず昼休みは部屋を探してウロウロするようになった。どこに行っても大抵誰かがいて、寝るほどくつろぐというのは無理だと分かり、食堂の隅でぼんやりして昼休憩を終えるようになった。喋ると消耗するし、話題もない。飲む打つ買うをやらない若者である。
昼寝が出来ないので集中力が落ち、帰るとヘトヘトである。趣味のゲームもそんなに弄らず、かといってすぐに眠れるかといえばそうでもない。夜更かししながらテレビを流し、ジュースを飲むのが悠斗の気晴らしである。
昨日は暇すぎて三時ごろカップ麺を食べた。辛かった。さっきまで同じ部署の者が言い合っているのをぼんやり聞いていた。捨て台詞を吐いた者は直ぐに持ち場に戻り、残された者は諦めきれず愚痴という名の悪口を聞こえるように話していた。空気は最悪だ、と悠斗は思い腹が痛くなったのでトイレに来たのである。
いいかげん帰りたい悠斗はまずトイレの水を流した。壁に手を当てて立ちあがろうとする。体はよろけたがなんとか座位からは脱した。ホッとため息をつく。腹が鳴る。痛みは来ない。今がチャンスである。悠斗は壁伝いに個室を出る。手を洗おうと洗面台の前に行くと入り口のドアが開いた。さっき捨て台詞を吐いた者である。悠斗が居た個室へ一直線である。腹が痛む。個室は一つである。
行かないで、と声が出そうになったがうめき声が一つ出ただけであった。