短編小説 「13日に帰ります」
用件だけを送って文香はスマホを置いた。そのまま冷蔵庫まで歩いてビールを一本取り出す。
実家に帰るのは何時ぶりだろうかと思い起こす。
少しお節介な母親と寡黙な父が待っていたらどんなにいいだろうかと思う。ただ、待っているのは吝嗇な父と、静かに従う母と、ニートの兄なのだ。文香は高校を卒業すると、逃げるように地元を出てきた。兄が手に負えないと何度母から連絡を貰ったか。兄は物静かなので、そんなに手がかかるとは思えない。ただ、私も含め育児に失敗した事を認められない両親はみじめに思えた。
兄は部屋から出るのはトイレだけであとは部屋で一人過ごしているらしい。暴力を振るったり、金を持ち出すというのは聞いたことがない。実家は隣近所で噂をされる、というほど田舎でもない。文香は兄を所有することに慣れた両親の心の問題で、兄は自由を得られないのではないかと思っている。
みんな一人では生きてはいけない。責めるつもりはなかった。ただ、文香にはもうすでに文香の生活があるし両親の介護問題でも出てこない限り実家に戻るつもりはもうなかった。それを説明しに行く旅と言える。
前日に住んでいる街の銘菓を買って13日、電車に乗った。景色はさして変わらないはずだ。文香は都会に恐怖心があったし、田舎では働き口がない事を就職活動の時に知った。家族だけがいなければ新天地はどこでもよかった。
聞きなれた駅名が無くなっていく。実家に近づいている。文香は一人である。向こうは三人。お土産のお菓子が文香を奮い立たせてくれる。私は向こうで変わったのだと自信を持たせてくれる。
後ろの席が騒がしくなった。母親と、小さな子供二人。文香は幼少の頃、家族で出かけたような思い出が無かった。
お菓子をちょうだい、と子供がねだり母親がもう?まだ乗ったばかりだよとたしなめる。自由だと思った。お互いに寄り添いながら、それでも自由に暮らしている親子だと思った。冗談など言い合い、きっと笑顔で暮らしている親子だと思った。
文香はこれから一人で暮らしていくのが急に寂しくなった。お土産のお菓子の袋を膝の上に置く。そして包装をはがして、お菓子を一つ食べてみた。名物ではあるがお使いでしか買ったことの無かったお菓子。手ぶらで帰る事を咎められるだろうか。文香は二つめのお菓子を手に取った。お土産は駅に着いてから買おう。きっとその方が喜んでもらえる。文香はそう信じこもうとした。お菓子はどこにでもあるような味がした。