短編小説 気だるい女

奈津はコーヒーをいれようと思った。お湯を沸かしながらマグカップにインスタントのコーヒーを入れようとして、手を止めた。自分のために用意するのはやめようと思った。そのままその場に座り込んで、膝を抱えるようにした。何もかも疲れてしまったのだ。  

特に思い当たるような事は何も無い。ただ、電車を一本見逃してそのまま反対行きの電車に乗ってしまうような気持ちがわかるような気がした。
スマホから通知音がする。奈津は立ち上がってスマホを取る。元木さんからだった。彼はこの前の合コンで知り合ってやり取りを数度繰り返した仲だった。  

付き合うのか。そんな決断を今は出来そうになかった。スマホを裏返して置き、ソファーに座り込んだ。とにかくだるい。通知音がする。そこまで元木はマメな男だという印象はなかった。今日は平日なのだ。仕事を終え、帰ってきてすぐだるくなってしまった。  

体が弱いというわけではなかった。ただ、奈津はこんな日を数ヶ月に一度繰り返している。何か目標があれば、打ち込めば。そんな風には思っている。仕事で頭角をあらわしている訳では無い。恋愛もまだ恋人未満の人がいるだけで、実質友達である。  

元木に返信をしてみようか。ぼんやりとそんな事を思う。ただ、こんな時「生理?」なんて言い出しそうなキャラクターではあった。そう言われたら何を返せばいいのかわからない。奈津は鞄から化粧ポーチを取り出すと崩れた顔を直し、口紅を引こうとした。ピンクベージュのその色をしばらく見たあと、立ち上がって引き出しにしまってあった真っ赤な口紅を軽く引いた。自分の顔が違って見えた。  

元木からは「仕事お疲れ様、今話せる?」「忙しかったらいいけど」と来ていた。奈津は通話ボタンを押した。
元木は少し焦らしたあと、いきなりだねとでも嬉しそうに奈津に挨拶をした。
「会いたいの」
奈津は呟いたあと、自分の言葉に驚いた。元木は戸惑い、えーとと言い、会おうと答えた。
「どこにいるの?」
順番もむちゃくちゃだと奈津は思った。元木は会社の近くにいて奈津の家までくれば30分はかかる。
「間で会いましょう」
悪いね、と元木は言い、奈津は「だって会いたいから、早く」と言った。  

化粧を直さなくてはいけないようなきがした。ピンクベージュに直さなくては。思いとは裏腹に奈津は持っている中でいちばん高いヒールを履いていた。ワクワクしてる。奈津は元木がどんな反応をするのか見たくないような気がした。急いで、できるだけ急いで元木に会いたかった。誰かに真っ赤な口紅を引いた私を見せたかった。  

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