短編小説 世話焼きの女



 矢野にはお礼にランチを奢ることになった。矢野は詩穂の隣で楽しそうに話をしている。詩穂も満更ではないのか初対面の矢野と談笑している。俺は胸を撫で下ろす。とりあえず困りごとは解決したのだった。

 反抗期が始まって二年ほどが経ち、詩穂と話す時間は劇的に減っていた。避けられていたというのが正しいだろう。仕方ないと思っていたが、時折、トイレや風呂場に血のようなものが垂れている事があった。怪我はしていない。まさかと思い、手首を覗いたりしたがそんな心配は杞憂のようだった。
 来年中学に上がる詩穂は、一人困ることがあるのではないか。普通は母親が気を使う事だろうが、詩穂が幼いころ別れた。それからずっと俺と詩穂は二人きりで暮らしている。

 矢野は言った。
「お小遣い増やしてあげたほうがいいですよ」
「うーん、大金を持たせるのも心配だしなぁ」
「だったらどうするんです?下着の他にもほら、買わなくちゃならないものって結構あるんですよ。買いに行けます?」
「俺が買ってはたして使うかな」
「あぁ、吉岡さん呑気なんだから。今日だって娘さんは困っているんですよ」
「そうだな」

 いいですよ、私買い物について行きます、と矢野は言い、それに甘えた。詩穂にショッピングモールに行くというと喜んでついてきた。途中で矢野を拾ってあとは任せた。服と下着が一緒に売っている雑貨店に入ると俺はすぐにどこかに行くように言われた。本屋で飽きるほど待つと二人は両手いっぱい荷物を抱えすっかり打ち解けた様子でやってきた。詩穂は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうでこちらも嬉しくなった。

 フードコートのファミレスに入ると、詩穂は矢野と並んで座った。釈然としないものを感じたがまあよかった。注文を済ませると詩穂は、矢野と俺を交互に見た。
「お父さん」
「うん?」
「また矢野さんと会いたい」
「うーん、矢野も忙しいからなぁ」
「いえ、私また来たいです詩穂ちゃんに会いに」
「お、そうか……」
 詩穂は無邪気に微笑んだ。詩穂には大人の女と話す機会が無かったんだとようやく気づいた。母親には会わせられないが、こうして色々な事を話したかったんだろうと思うと矢野には頭が上がらない。
「矢野さん、今度はウチに来てよ」
「おいおい」
「お父さんがいいって言ったらね」
「お父さん」
 矢野はうちに来るつもりなのか二人はこちらをじっと見ている。こんなに仲良くなって、家に来る約束までして、矢野は何を考えているのか。
「おまたせしました」
 ウェイトレスがパスタを運んできたので、そのかげに隠れた。

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