短編小説 プリン
「お父さん、お腹痛い」
カナはランドセルを背負ったままその場にしゃがみこんだ。
朝食に出したりんごはいつも通り常温だったし、はたしてベーコンエッグにした卵が少し古くなっていたのかもしれない。俺はカナの隣に寄ると顔を覗き込んだ。
「トイレ行くか?」
カナはゆるゆる首を振る。
「そういうのじゃない」
そういうのじゃない?言葉を咀嚼出来なかった。
「学校休めば、治ると思う」
伏し目がちにカナは呟いた。何かあったのか。気にはなるが7時30分を過ぎようとしている。
「お父さん、会社行かなきゃ。カナも学校に行きな」
カナは唇を噛んだ。動く素振りはない。短く息を吐き出すとカナのランドセルを一度、叩いた。
「ほら行くぞ、遅刻する」
カナは動かない。俺はそのまま立ち上がって玄関でカナを振り返る。ぺたん、とカナはその場に座り込んだ。
「カナぁ、いいかげんにしな」
多少の苛立ちを感じながらカナを呼ぶ。
「おなか、いたい」
カナはそのまま首を振って顔を両手で覆った。
ちらりと視線を時計に流すとすでに10分は経っていた。
しかたない、と呟きが漏れた。
「学校には電話しておくから、いい子にしてるんだぞ」
靴を履く。こんな事今まで無かった。小学生のうちから学校をサボるだなんて。
「おとうさん」
小さな呟きが玄関に落ちる。
「寝てろよ、定時で帰るから」
「おとうさん」
頼りなさげな顔をしてカナが俺を呼ぶ。もう行かなければならない。帰り道にスーパーに寄ってプリンでも買ってやろう。
「じゃあな」
ドアを開けると朝日が玄関まで差し込んで眩しかった。
「おかあさん」
ガシャン、とドアが閉まる音がした。水をかけられたように俺はその場に立ち尽くしていた。