短編小説 最初の女

別れた夜はさめざめ泣いた。次の日仕事を休めなかったからだ。
会社で目の腫れた様を指摘された時、コンタクトを取るのを忘れて寝たと言った。上司には笑われたがこんな時彼女なら嘘を見抜き、冷たいタオルの一つでも渡してくれるのにと思った事を覚えている。  

口の端が切れたのでクリームを塗った。このクリームはいい匂いがする。貰い物のクリームである。
彼女はいつもこのクリームの匂いをさせていた。女物の化粧品の値段などインターネットで調べるまでは知らなかったが、知った時には彼女も女なのだとしみじみ思った。  

手料理が苦手な女だった。母親のおにぎりを食べる事も出来ないと聞いていた。そんな彼女がカレーを作ってくれたことがあった。俺は美味い美味いとおかわりをした。カレーは好物だった。ため息をついて彼女はおかわりをよそった。
「こんな息子がいたらね」と彼女は呟き、俺はすぐにでも産めばいいと思いながらカレーをかき込んだ。  

セックスの時、興奮が高まると彼女の尻を叩いた。
「やめてよ」と繰り返される度、興奮が高まっていく気がした。結局彼女の両手をタオルで縛り上げ、尻が赤くなるまで叩いた。終わると水も飲まず、彼女は死んだように眠り込んだ。  

ある日手錠を買ってきた彼女に身を任せ手首を貸したことがある。
「いい子にしてたら、外してあげる」
彼女は楽しそうに俺の右手を眺め、その手錠を撫でた。
俺は左側の輪を彼女の左手にはめた。ずっと離れられない彼女はトイレに行きたいと一時間もしないうちに手錠を外した。  

彼女のいないクリスマスを過ごし、正月は結婚しないことを実家でなじられ俺はほとほと疲れていた。
彼女さえいればと思った時、早苗の家に行ってみようと思い立った。
ただ、この選択が間違いだったと俺は思い知る事になる。
近所の神社で初詣を楽しむ男と早苗の姿を見つけてしまうのだ。  

早苗のクリームはもうすぐ終わる。次使うクリームを薬局で仕入れてある。ただそのクリームからは早苗の匂いはしない。これを使うぞ、と思う度早苗の匂いを思い出す。
柔軟剤に似た女だった。
しかし化粧品で、しかも高価な女だった。
クリームが終わるのが怖かった。俺は下着を脱ぐとクリームを全て塗りたくって上を向いた。

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