短編小説 休日
熱は六度八分だが、頭が痛い。本格的に風邪をひいてしまったようだ。草太は眼をぎゅっと瞑ると、前日買っておいたポカリスエットを一口飲んだ。こんな日は一人が辛い。
恋人、友人、親。誰でもいいからそばに居て欲しくて、連絡するべき人間が誰も思いつかなかった。恋人はいない。友人と呼べるほど気を許した人間はいない。親は論外である。
幼い頃からひとりぼっちだった。共働きの両親から、役割は与えられてもこんな時我慢する以外の方法を教えてもらうのを忘れていた。我慢する以外に方法があるということを、教えてもらえることを知らなかったのである。
上の階から掃除機をかける音がする。挨拶程度の近所付き合いではあったが、人が居るという事に草太は安心する。
テレビをつける。芸人がおしゃべりをして場を盛り上げる。笑い声が辛くてNHKに替えた。手芸番組をやっていた。
昔、裁縫の得意な女の子がいた。洋服を縫ってはイベントに参加していた。あの子はどうしているだろうと思う。
女の子といえばしなやかな体つきの陸上部の同級生と何度か隣の席になった。シャープペンをパクられたから覚えている。言われたら貸したのに、と草太は思う。
最初の会社で親切にしてくれた女性を思う。悪口を言う輪に入れずひとりで昼飯を食べていた。
どれも恋というには足りないような思い出ばかりだったが、誰かが見舞いにきてくれたら嬉しいなと無責任に思う。誰も草太を覚えていないに違いなかった。
腹が減ってきた。お粥を作るのは面倒なのでシリアルに牛乳をかけた。それをぶよぶよになるまで待って一口口に含む。胃が喜ぶのがわかる。ゆっくり咀嚼して頭痛の薬を飲んだ。
こうやって死んでゆくまで何十年も一人で過ごすのか。草太はぼんやり考えた。きりきりと頭が痛む。
だれかと一緒に居たかった。心が弱っている。身体が弱っているせいだ。シンクを叩くと先程シリアルを入れた皿がぐわんぐわんと回る。皿一つ洗うのもおっくうになってしまった。
布団に戻ってテレビを消した。静かな音楽をかけて目を閉じる。頭はきりきりと痛む。しかし眠らなくては。この寂しさに歯止めをかけなくてはどうにかなってしまいそうだった。
「母さん」
呟いてみる。幼い頃と同じように。あの頃は母親が帰ってきてくれるんじゃないかと期待していた。
「母さん」
額に乗せる濡れタオルも、栄養を摂るための缶詰の果物ももう自分で用意できる年になった。それでも草太は寂しかった。誰かに寂しいと伝えたかった。