短編小説 98円の卵



「あれ、拓司じゃない?」
 美羽が駆け寄って来るのを、拓司は苦々しく思い小さく舌打ちした。美羽は拓司の持つエコバッグを目敏く見つけると小首を傾げた。
「おつかい?」
「……すきやきに、卵が無いって言うからさ」
「えらーい」
 拗ねたように答えた自分が子供のようで、拓司はさっさとその場を後にしようとした。
「待って待って、私も行くんだスーパー」
 アイス、と美羽は拓司に笑みを向ける。一緒に行かなくてもいい気はするが、拓司は美羽の同行を許した。
 道すがら教室の中で話すのと同じような話をして二人は一本半ずれて歩く。拓司が一歩二歩先に行きたがるのだが、美羽は遅れずについて来る。拓司はそれが気恥ずかしかった。

 スーパーの入り口にはチラシがあって、今日は卵の特売日だった。一パック98円。母親からは大体二百円だと聞いていたので半値で買える。
「卵って、安いね」
「今日は特売らしい、いつもの半値だよ」
「えっ、半額?私も買おうかな」
「何に使うんだよ」
 拓司が笑うと美羽は赤くなり、拓司の背中を叩いてからスーパーに入った。

 まずは卵を買う。拓司が一パック手にすると美羽も真似た。拓司は可笑しくて仕方ない。クスクス笑いながら冷凍のコーナーへ行き美羽がアイスを選ぶのを待つ。美羽はさっと目線を流してパピコを手に取ると手のひらをサッと払ってレジへと促した。
 二人別に会計を済ませ、拓司は卵をエコバッグに入れる。美羽は卵を拓司に寄越した。
「あげる」
「持って帰れよ、せっかく買ったんだから」
「豪華なすきやきにして」
 口を尖らせながら、美羽は拓司のエコバッグの中に卵を入れた。ふうん、と拓司はつぶやくと美羽に百円玉を渡す。今度は美羽が困り出す。
「そういうつもりじゃないし」
「いいんだよ、どうせ卵二百円の予定だったんだから」
「あー、じゃあ、アイス。アイスあげる、半分」
 美羽はその場でパッケージを開けようとするので拓司は美羽を促して外に出た。

 スーパーのベンチで、一袋に二つ入っているアイスを二人で分けた。
 容器に入ったアイスを吸う。甘いコーヒーの味がした。
「喉乾いてたから美味しい」
 美羽は拓司に笑みを向ける。妹がいたらこんな感じかな、と拓司は思う。姉かな、とも。拓司は一人っ子だから兄弟の事はわからない。
「お前、兄弟いるの?」
「え?一人だよ」
「そうなんだ」
 同じなんだ、そうなんだ。拓司は思った。そして、アイスを吸いながら、美羽の頭を撫でてやりたくなったさっきの自分を思い出し、鼻から噴いた。
「やだぁ、きったな」
 美羽は多少引きながら、それでも拓司にハンカチを寄越そうとする。美羽の目を見ると拓司は無性に恥ずかしくなりハンカチを借りて鼻を拭った。
「洗って明日返す」
「やだー、いらない」

#小説
#短編小説
#オリジナル小説
#ショートストーリー

いいなと思ったら応援しよう!