短編小説 居
浩二は家に戻ると電気をつけて大きく息をついた。四畳半の小さな部屋。これはセカンドハウスだった。道中あるスーパーで第三のビールと惣菜を一つ買い、ここで一杯やってから家へと帰る。それが日課だった。
もちろん部屋を借りるにあたり、葛藤はあった。毎日居酒屋では金が続かないし、車は持っていない。カラオケや漫画喫茶でもよかったが、なにより落ち着く場所が欲しかった。妻は帰れば寝ているし、たまに会う子供たちは汚物を見るようなで浩二を眺めた。仕事に没頭するうちに距離はどんどん離れていた。気付いたときには修復不可能というわけだった。
今日も良くやったと自分を労いながらビールを一口含み、チキンカツを齧る。すると少しだが体にたまった何かが消えていく。この部屋に家具はない。畳にビニール袋を敷いて軽食をとる。それでもここは浩二の城だった。安らがないはずがない。しかしあまり遅くなってもいけないとは思っている。妻と子供が暮らす場所。それが浩二の家なのだ。
家に帰ると珍しく妻が起きてきた。浩二は今日の夕飯を温めて貰いながら二本目のビールを取りに冷蔵庫へと寄った。
「飲んできたんですか?」
美津子は酒を飲まない。
「軽くね」
本当に軽く、ビール一本である。美津子はワンプレートに盛られたハンバーグを浩二の前に置くと正面に座った。
「単刀直入に言いますけど」
浩二が視線を上げると美津子はヒステリックに言った。
「離婚は、考えてませんから」
それは浩二も同じである。ビールを飲みながらなぜこんな事を言い出したのかと思案する。
「お相手にいくらか包んでもいいと思っています」
「はぁ?」
「ふっ、不倫相手にですよ!そちらで飲んでらしたんでしょう?」
「えっ」
浩二が聞き返すと、美津子は頭を抱えた。
「私も頂こうかしら」
ビールを指さす。浩二は慌ててもう一本を冷蔵庫に取りに行ったのだが、その短い間に浩二のビールを飲み、咳き込んだ。
「君はいつも飲まないのに、そんな急に飲むから」
ビール片手に戻ると美津子は涙を浮かべていた。
「飲まないと、やってられないわ」
「うーん。ともかく誤解だよ」
浩二は新しくビールを開けると、どうしたものかと思案した。
浮気はしていない。ただ、美津子はセカンドハウスの存在を勘づいている。あそこが無くなれば浩二には拠り所が無くなるのである。
「今日だって、センベロでちょっと飲んだだけなんだ」
「本当ですか?」
「そうだよ、今は不景気だから1000円でちょっと飲むくらいならできるんだよ。しかし君を心配させていたなら悪かったね」
酔い潰してしまうしかなかった。浩二は美津子にビールを勧めた。美津子は断る。浩二はセカンドハウスに美津子を招く想像が出来なかった。あそこは俺の家なのだ。美津子は泣き上戸なのか涙をぽろぽろこぼしていた。