短編小説 バランス
拓司がお土産に唐揚げ弁当を買ってきたので二人で夕飯にする事にした。千夏は電気ケトルで湯を沸かす間にお茶っ葉を用意してマグカップを二つ取り出した。
拓司はマグカップは変だという。面倒な事を言い出したと千夏は正直思った。
弁当は出来合いで、お茶はマグカップ。千夏にはバランスがとれているように思えた。休みの前の日の夕飯である。なんならインスタント味噌汁をマグカップに溶いても良いだろうとすら思う。
「箸はあるの?」
拓司は割り箸を二膳取り出した。そこはいいんだ、と千夏は思った。思ったけれど言わないのは話し合うのすら面倒なくらい千夏が疲れていたからだった。
千夏は湯呑みを取り出すと、拓司の分だけ茶を注いだ。自分の分はマグカップにいれた。
テーブルに歪なバランスが出来上がる。拓司は気に触ったような顔をしたが千夏は席に着いた。
「俺もマグカップで良かったのに」
拓司は拗ねた。千夏は小さくため息をついた。
「お弁当、ありがとう。唐揚げ食べたかったの」
千夏は手を伸ばして弁当を取ろうとする。拓司は千夏の腕を掴んだ。
「千夏が唐揚げを食べたいかなんて、分かるわけないだろう。無難に、万人向けな唐揚げを、二つ喧嘩にならないように買った」
「うん」
拓司の判断は間違っていないと千夏は思う。
「でも唐揚げ食べたかったっていうのは違うだろう。ハンバーグでも幕の内でも好物はあるはずだ」
拓司は何を言い出したのか。千夏はキョトンと拓司を見つめた。
「俺はアジフライが良かった」
「何故アジフライを買わなかったの?」
「俺は同じものが食べたかったんだ」
千夏は腕を見やり掴まれた箇所の痛みを思った。
「唐揚げ、好きだよ私」
「でも一番じゃないはずだ」
拓司はまだ拗ねている。千夏は掴まれていない方の手で割り箸を配った。
「バナナでもいい」
「夕飯にバナナだけ?」
「そのくらいお腹がすいてるって事、わかって欲しかった」
拓司は耳まで真っ赤に染めると、ぱっと千夏から手をはなした。
「食べよう、早く」
しかし千夏はすでに食欲をなくしており、とりあえずマグカップに手を伸ばした。温かいお茶が空きっ腹に染み渡る。
拓司は唐揚げを頬張る。ぼんやりと拓司を見ていると千夏は全てがどうでもよくなる。
ゆっくりマグカップに口をつけていると拓司はお茶を飲まずに弁当を食べ終え、それから湯呑みに手を伸ばした。
「お茶、冷めちゃったね」
「そんなことより弁当を食えよ」
千夏は真逆の彼がなんだか可笑しくて、自分のお腹が空かない事も可笑しくて拓司に笑みを向けた。