短編小説 カツラだったんだ



 授かり婚という言葉があるが、あまり菜摘はその言葉が好きでない。それを自分に当てはめるのかと思うとがっかりしてしまいそうだった。
 遅れた生理のほんのついでに、便座に座ったままそんな事を考えていた。

 将太は子供が好きな人だ。電車の中母親が小さな子供を連れているのを見ると変顔をするのが常だった。菜摘は将太を眺めながらいつも思う。他人の子供のどこが可愛いのかと。
 トイレの水を流し、手洗いに行くと既婚のパートさんがお喋りをしていた。化粧が崩れているなと思いながら手を洗い鏡で自分の顔を見る。お喋りの内容は夏休みについてだった。夏休みは子供に合わせて休むのだろう。それでも愚痴の体をとっている。お喋りよりも先にやる事があるんじゃないかな、菜摘は心で思った。

 家に着くと将太がスマホのゲームをしながらスナック菓子を食べていた。
「洗濯機使ってる」
「わかった」
 二人で暮らし始めて一年ほどになるが、その間に洗濯は将太の分担になった。他は菜摘なので後から帰っても食事を作るのは菜摘である。菜摘は料理が好きなわけではなく、ただ将太より食事についての拘りが多かった。掃除もそうである。少し将太より綺麗好きだっただけである。めんどくさいな、と鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開ける。
「今日何?」
「鮭焼こうかな」
「魚かー」
 鮭を焼くだけではおかずとしては物足りない。肉じゃがを足そうと思い、先に肉じゃがと言っておけば良かったと菜摘は小さくため息をついた。
「そろそろ夏休み始まるみたいだね」
 菜摘は手を洗い、鮭をグリルに入れた。ゲームの音がよく響く。じゃがいもと玉ねぎ、にんじんを取り出して白滝が無かったことに気付き、それには気付かなかった事にした。料理は面倒だった。
「そういえば」
 ゲームの音がする。お喋りがしたかった。
「生理少し遅れてるの」
「えっ」
 ゲームの音を流したままの将太と目が合った。菜摘は面倒な顔のままじゃがいもの皮を剥く。そのまま何分かが過ぎて、ゲームの音を流したままの将太は口を開いた。
「いつおろす?」
「えっ」
 菜摘は思わず振り向き、将太の顔を見た。一度流し台の方に向き直り、震える手から包丁とじゃがいもを置いた。そして再度将太に向き直ると思わず掴みかかっていた。
「な、なんなのよそれ」
「だってさ、だって」
 将太の顔が歪んで見えた。菜摘は将太の顔に手をやり両頬を引っ掻いていた。
「痛え!」
 将太に振り払われる。そう思うと菜摘は何かに捕まらなきゃと将太の髪を掴んでいた。

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