短編小説 号泣の女
波子の家には男が一人住んでいて、プラモデルを組み立てている。弁当を二人分買って帰る波子が玄関扉に鍵を差し込むと、部屋から玄関へ男が駆け寄る音が聞こえる。
「ただいま」
波子は良い子にしてた?と続けたくなるのをいつも我慢していた。男は弁当の入ったビニール袋を受け取るとそのまま台所に向かい、ティファールのケトルの電源をいれる。波子はコートを脱ぎながら寝室へ向かい、着替えをする。
リビングのテーブルの上には組み立て終わったと思しき細身のロボットが鎮座している。無造作である。隣には先の細いカッターや、接着剤が散らばっている。波子はそのロボットを手に取り、背中を眺めた。ピンと伸びた背筋が無機質な雰囲気を高めており壊さないうちにとテーブルに戻す。台所に向かうとお湯はもう沸いており、男がインスタントのスープを選んでいる。
波子は思った、今日こそ来るのではないかと。男は物入れからあさりの味噌汁を選び、残りを全て波子に渡した。波子は慌ててエビのビスクを取り出して、男がマグカップに湯を注ぐのを真似た。
「何、今日洋風?」
男は弁当の入ったビニール袋を漁る。
「ハンバーグか、まぁいいや」
「あっ、あとミックスフライ」
「どっち食うの?」
「私はどっちも好き」
男は軽く笑った後、半分分けるかと提案してくる。波子はシェアが嫌いな事を知っているのか、いないのか。
「テーブルを片付けるよ」
男はリビングに戻り、ガチャガチャと音を立てて片付けを始めた。出来上がったロボット、どうするの。波子にはとても言い出せなかった。次のロボットはもうないのである。
男はロボットが複雑で、細かいというような事を喋りながら小さな箱に道具を仕舞い、ロボットを持って台所に戻る。服を除けば男の持ち物はそれだけである。波子の目に涙が浮かぶ。ポタリと一粒足元に落ちた。男は首を傾げると、波子の頭に手を置いた。そして髪の毛を軽く撫でて顔を覗き込んだ。
波子はロボットを新しく買うのも、彼が出て行くのも嫌だった。そしてその話をするのも怖かった。男は波子の頬を親指だけで撫でる。そして弁当を手に取ると、ハンバーグを素手で掴み、波子の口に添えた。波子の目から涙が溢れてくる。男は指で波子の口を開けさせると、ハンバーグを少しずつ口の中に押し込む。
「う、うっ」
嗚咽が漏れる。男はハンバーグのソースが指についたのを見ながら笑みを浮かべる。
波子が泣きながらハンバーグを咀嚼すると男の笑みは深くなり、は、は、は、と腹から声を出す。