短編小説 この世界に二人きり
美海はインスタントコーヒーをいれるとカップを持ちため息をついた。拓巳は怒ると長い。
そのままキッチンでコーヒーを啜っていると拓巳が部屋から出てくる音がした。また嫌味を言われる、美海は身構える。一人でコーヒーを飲んでずるい、そんな言葉が頭に浮かぶ。
しかし拓巳はそのままトイレに消えた。今のうちにドリップコーヒーの支度をしておくべきだろうか?しかし美海にも言い分がある喧嘩をしているのである。
きっかけなんて得てして些細な事なのであり、美海は喧嘩が嫌いである。
映画をテレビで観ながらピザが食べたかった。デリバリーを頼もうと言うと、拓巳は勿体ないからパスタでも食べようと言う。
作るのはいつも美海である。カップ麺では味気ないし、ジャンクな物をつまみながら映画を観たかった。ピザを作るのはおおごとである。買い物に行くのと同じだと思い、美海はピザを買ってくると言った。拓巳はテーブルを蹴った。美海は思わずえっ、と声を上げた。
外には出たくない、と拓巳は呟き、それから部屋に篭っていたのである。映画をみるのは中止。美海は掃除をしたりして時間を潰していた。
トイレから出た拓巳はちらりと美海を見る。思わずマグカップを握る手に力がこもる。
「お前はさぁ」
拓海は言う。
「どうして一人で生きていこうとするんだよ」
美海は拓巳を見る。拓巳は目を合わせない。
「ど、ういうこと?」
「映画俺が見たがってると思ってんの?」
「わからない」
「休みに何で出かけるんだよ」
ピザを買いに行くと言った。それは美海が買ってくるという意味であった。
「お前パジャマだろ」
美海はたしかにパジャマと言っても差し支えないような部屋着を着ている。
「もちろん着替えるよ」
「俺もパジャマだよ!」
拓巳は両手を広げ自分の着ているジャージを見せた。
「だから、私が…」
「そうじゃない!」
美海は落としてしまいそうなマグカップをキッチンに置いた。
「ペアルックだ!」
「ペアではない…」
拓巳は苦虫を噛み潰したような顔をしてソファを指さした。
「とにかく、座れ」
美海は納得いかないままソファに座った。隣に拓巳も腰を下ろす。
「着替えも、化粧もするな」
「えっ?」
「今日はこのまま映画を見るぞ」
テレビのリモコンを拓巳は操作して、映画をつけた。オープニングの字幕が終わったくらいになって、美海は口を開いた。
「おなかすかない?」
「すいたが、ピザをとるのはやめだ」
拓巳はポテトチップスを持ってくるとそれをテーブルにひろげ、大きくため息をついた。
「今日は何もすんな、どこにも行くな」