短編小説 もうひと押し
セフレの女がいる。友達とセックスしてる。好きな人が身体だけ許してくれる。
言い方はともかくアイコは俺に心を許さない。
今すれ違った女達が、俺らを見てお似合いのカップルね、と言った。俺は満更でもない気分になる。そんな俺にアイコは必ず釘を刺す。
「カップルだって、笑っちゃう。ただのセフレなのに」
「…お前可愛げ無いなぁ」
「事実を言っただけでしょ、これから向かう場所は?」
「ラブホテル」
「よくできました」
アイコがどうしてこんなにカップルに見られる事を嫌がるのかはわからない。踏み込んだ途端関係を解消されたらと思うと、身体だけでも手に入れていたい。そしてこんな事を考えている事を知られたくない。
事後、このまま食事をとろうということになった。カレーを二つ注文するとシャワーから出てきたアイコが短く息を吐いた。
「ねぇ、私たちどこまで行っちゃうんだと思う?」
「ど、どこまで?」
それは結婚したいということだろうか。俺に心を許して全て委ねたいと、そういうことなのだろうか。アイコはうーん、とながく悩み、カレーが来たので二人で食べることにした。
「甘口だね、久しぶりに食べた」
「あ、あぁ」
「でももう少し辛い方が好きかな」
耳にかけた髪の毛が落ちてくるのをかきあげながらアイコは笑みを向ける。可愛いと思う。髪を結わず、しかし髪の毛を気にするそのちぐはぐさがいいと思う。
「それでね、さっきの話だけど」
「ぐっ」
「いやね、大丈夫?」
アイコは水を渡してくれながら背中をさすってくれる。俺は心を決める時間が欲しかった。アイコは話を続ける。
「ねぇ、SかMかはっきりしたほうがいいのかな、今後の為に」
「はぁ」
ぽかんとアイコを見つめると、恥ずかしそうに俯いた。
「どうせなら、極めたいじゃない。私たち、相性良いみたいだし」
俺はアイコの両腕を掴み、何かを言おうとした。そうじゃない、そうじゃないんだと。
アイコはキョトンと俺を見つめ、首を傾げた。アイコの胸に頭の先を預ける。何も言えそうにない。
「決めない方が…俺たちはきっとうまくいくよ」
「そうかな、私心配しすぎかな」
アイコが俺の頭を撫でる。
「決めたとたんに上手くいかなくなるという事も無きにしも非ずだし」
「そうだね」
踏み込まないから続いている関係なのだということを再認識した。
「タシロは賢いね」
「せめて名前で呼んで欲しいね」
「ハルキは賢いね」
「賢かったらとっくに恋人同士になってる」
「恋人になりたいの?」
アイコが驚いて手を止めた。俺はアイコの胸に顔を埋めた。