短編小説 犯罪者
ハルコは五百円玉を握りしめながら商店に入った。お父さんの煙草をおつかいして、おつりでお菓子かアイスを買う。そんなふうに考えていた。
ぐるりと商店を一周する。可愛い消しゴムがあった。四角だけどオレンジ色で蜜柑みたいな匂いがする。どの漫画でもないテニスをする女の子のキャラクターがついていて可愛らしい。思わず手に取る。二百円と書いてあってちょっと高かった。
商店をまわる。チョコレートのついたクラッカーのお菓子があった。妹と食べよう。ハルコはチョコレートと入れ替えにお菓子を手に取った。
煙草を下さいと言えばオバサンはハルコのお父さんの銘柄を出してくれた。チョコレートの菓子と煙草で四百六十円。四十円余った。
帰り道ハルコはお菓子を抱きしめながら妹の事を思った。お菓子はハルコが多めに欲しかった。
何日か経ってハルコはお母さんに呼ばれた。
「あんた、イイツカショウテンで万引きしたの?」
「えっ、マンビキ?」
マンビキが万引きを指すのをハルコは咄嗟に思いつかなかった。お母さんは万引きを疑わずハルコを睨みつけている。
最後に商店に行ったのはおつかいの時である。あっ、と思う事があった。お菓子の棚に消しゴムを返したのである。
ハルコは泣きながら身の潔白を訴えた。お菓子の棚に消しゴムを返した事はなんとなくいけない事だと思い、伏せた。それでも母親はだんだん般若から普段のツンとすました顔に戻り、もう分かったから行きなさいと言われる。ハルコはホッと胸をなで下ろし居間に戻った。それからハルコはおつかいを頼まれる事がなくなった。
また何日か経ってハルコは放課後、生徒指導室に呼ばれた。失礼しますと共に足を踏み入れると、そこにはカンカンに怒った母親と、若い女の担任教師が重い空気でハルコを待っていた。
こんな顔をしたお母さんは止まらないのである。担任教師は汗を拭きながら、唾を飛ばすお母さんに怒鳴られている。ハルコはエライ事になったと思いながら怒りの矛先が自分でない事に安堵した。ハルコは途中で帰され、妹と絵を描いて夕飯までの暇を潰した。
なんとなく商店には足が向かず、何年かがたち、ハルコは大人になった。行動範囲は広まり、商店でなくとも煙草を買えるのだということを知った。
ただ時々思い出す。ハルコが一人っ子なら消しゴムを買っていたのだろうなという思いと共に、あの商店の事を。