短編小説 ラブレター



 宗は頬杖をついて陽子の宿題する姿を眺めていた。陽子は眉を寄せたりうーんと唸ったりして目の前の紙と格闘している。頑張り屋だから、宗が居ようが居まいが宿題はやり遂げるだろう。宗は母親から褒められたかった。だから陽子をダシにしている。
 ちらりと台所に視線をやる。母親はこちらを見ない。陽子の唸る声が聞こえる。もやもやしたものが胸の中に迫り上がる。
「陽子、大丈夫か?」
「うんー」
 母親に聞こえるように陽子に聞いた。母親はエビフライを油に入れた。ジュウ、と大きな音が響いて陽子は嬉しそうにうふ、と笑った。

 腹が立った。宗は頬杖を解くと自分の腿を一発殴った。陽子がきょとんと宗を見つめる。つい手が出た。
「えっ」
 陽子は何故ぶたれたのかが分からない。それは宗の方も同じだったが、気分は悪くなり奥歯を噛んだ。
「お兄ちゃん、何でぶったの?」
 陽子はムッとしながら宗の手を見る。真っ直ぐな瞳に射すくめられますます宗は気分が悪くなる。
 母親に視線を流す。母親はエビフライを揚げている。その場から逃げ出したかった。けれど何が言えるだろうか。陽子の髪の毛を掴んだ。白く視界が光ったと思った。

「痛いっ、痛い。やめて」
 陽子が悲壮な声を出す。お母さん、こっち見て。僕を助けて。代わりに陽子の髪の毛を引っ張る。
「やだぁ!痛いっ」
 陽子は泣き出す。宗はひく手を止められない。
「宗!」
 台所から怒鳴り声がした。宗は手を離す。
「おかあさぁん」
 陽子が母親の腰に抱きつきに行く。宗の瞳から涙が一筋溢れる。
「喧嘩しないで」
 母親はなだめるように陽子の背を撫でる。
「喧嘩じゃない!お兄ちゃんがいきなり髪引っ張った」
 母親は子供の喧嘩には興味が無さげにエビフライを皿に盛る。陽子は大きな声で泣く。宗は指の間に挟まった陽子の髪の毛を振り払って落とした。
「お兄ちゃん、だめよ」
 何が?聞けたらどれだけいいだろう。熱いものが目からどんどん溢れ出す。宗はようやく立ち上がれ、子供部屋へと逃げ込んだ。

 夕飯のエビフライを何本食べたのか宗は覚えていなかった。そんなに沢山ダメだと言われた事はない。完食すればおかわりを揚げてくれるような母親だ。
 宗はその晩反省文を書いた。
 妹の髪の毛を引っ張った事、泣かせた事、宿題は途中までしか見られなかった事。
 リビングのテーブルに置いて寝た。翌朝それは無くなっていたし、朝食のホットケーキは温かかった。ただ、宗は背中を陽子みたいに撫でられたかった。一度でよかった。
 昨日の事を忘れたような陽子のランドセルを小突いてから学校へ行く。
「お兄ちゃん待って」
 呑気な声が背中から追いかけてくる。


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