短編小説 ゆめのあと
髪を乾かして、バスローブを脱ぎ捨てる。一緒にホテルを出て、駅前まで来ると彼はいつものように友香に向かって手を振った。綺麗な指。友香は微笑みながら手を振りかえす。
そのまま改札を抜けるともう晴人の姿は見えなくなっている。LINE、送ろうかな。でも帰ってからでいいか。もう少しこの余韻に浸っていたい。友香は溢れ出す笑みを隠すように頬をグーの手の甲で擦った。
火遊びの男が、再び友香に連絡を寄越したのはそれから半年たってからだった。その頃には晴人が子持ちの既婚者であり、友香はうまく弄ばれたのだという事を人づてに聞いてわかっていたので鼻白んだ気持ちになった。
どちら様?と返信しそうになってやめた。新着メッセージの電子音が鳴る。既読をつけないようにポップアップに目を通す。
あの頃は、俺が、悪かった。土下座の絵文字。会いたい。
つまりはそんな事が言いたいのだろうけれど。ブロックしたのは晴人であって、友香では無い。夢みたいだったなぁ、と友香は人ごとのように思い出す。
お姫様みたいに扱ってくれた。思い出は美化される。
あいたい、が現実を見ていない 逢いたい ではなかった。会ってどうするの?今更なんの用が?
私のこと好きだった?
友香はため息をつく。好きだったとしてもそれが何になるだろうかと。
着信音が鳴る。えっ、えっ、と友香は顔を上げる。そのまま気付かれないよう動きが止まる。息が詰まる。ほんの十数秒だったが長く感じた。ドキドキを胸の高鳴りと勘違いしないうちに友香はスマホをマナーモードにすると、何だか凄く気が楽になった気がした。
風呂をすませ、化粧水から始める。肌に浸透させるようにもう一度。沸々と何かもやが胸の中に湧く。乳液を手に取って頬を軽く叩く。もう違う髪型をしているんだろうなと思う。美容液を指先で撫でるように馴染ませる。子供を抱き上げる晴人の隣に女の人が立っている。
「ばかにして」
声に出すと、もっと言いたくなる。バカにして、バカにして。
晴人の隣の女の人の視線がこちらに向いている。クリームをまだ塗っていない。ぽろぽろと涙が出てくるのも構わず、友香はクリームを分厚く肌に塗りたくった。
「バカにして!」
思わずクッションを床に叩きつけた。何度も、何度も床を叩いた。涙をクッションで拭き、そのまま声を殺して泣いた。あの男は関わった全ての人を不幸にしたと思った。
そして、私。
私もあの女の人たちを不幸にしたのでは?と頭に浮かんだ時涙は急に止まった。震える身体を抱きしめるように友香はその場に倒れ込んだ。
スマホが震える。友香はそのまま手を伸ばす。出なくてはならない。なぜだかそんな気がしていた。