短編小説 流氓の女
彼の名前はヤンという。「中国の方からやって来た」という詐欺まがいの決まり文句に私はクスクス笑ってしまった。ヤンは洋と書いてニホンデハようトイウンダ、と片言で話されて私はすっかりヤンの虜になった。
ヤンは自分の家に私を招く事はなかった。相部屋だからと言うのがその理由だが私はヤンが暮らしている部屋を一度くらいは見てみたかった。私の部屋にやってくるとヤンはまずご飯を欲しがった。醤油、味噌、塩、どんな日本的な味付けでもヤンは美味い美味いと平らげた。
ヤンは飢えていた。私を貪るように食べるという形容が、少しも大袈裟ではなかった。彼を包み込むように舐める私を、ヤンは乱暴にねぶったり抱いたりした。
お金がある時は故郷の料理だと言ってラーメンを食べたがった。ラーメンって日式なんじゃないのかなぁ、と私はいつも思いながらラーメンを啜り、ヤンと微笑みあった。
お金のある時で思い出したが、ヤンはよく浮気した。はじめは髪を振り乱して怒ったものだが、ヤンの病気はなおらない。比べられると燃えるようになった。ヤンはびっくりしながらも性器を弄ぶ私を受け入れた。それからは私は自分の慰め方を模索し、ヤンは私を見下すようになった。
リュウマンという言葉をきいたのはそのころだったと思う。携帯で中国語を話すヤンを背中に私は料理を作っていた。酢豚とチャーハンとインスタントのラーメン。ヤンが好きな組み合わせだった。
ヤンは真面目な顔をして大きく腕を掲げた。電話なんだから伝わらないよと思ったのを覚えている。ヤンはテーブルの上の肉をつまみ、わたしがインスタントラーメンを茹でるのも気にせず、力強く抱きしめた。
人の温もりがうれしかった。私が聞き取れたのはハオチーだけで、あぁ、今日の酢豚は美味しく出来たのだと思い、身体はヤンに委ねた。私はイッた。
その日からヤンは浮気をおそらくしなくなった。
別れは突然やってきた。ヤンは路上で黒ずくめの男に刺された。包丁なのか、ナイフなのか、つまりは刃物で何度も刺された。私は後ずさるのが精一杯で、結局腹を刺された。痛かった。いたい、と声を出すと止まらなくなり痛いと何度も繰り返した。
ヤンはピクリと動いては、暗い声で、中国語で、何かを呟いていた。
「ヤン」
私が彼を呼ぶとヤンは眉間に皺を寄せたまま私に笑いかけてきた。
「ヨーコ」
それは私の名前だった。目元が滲み、私はずるずるとヤンのもとに近寄った。
「ヨーコ」
「なぁに、何なのヤン」
私は状況を理解しようと必死だった。しかしヤンはじきに息絶え、私は私のために救急車を呼ぼうと気づいた。