短編小説 健気な子供


「莉奈、早くしなさい」
 お母さんは絶対にそんな風に言わない。舌打ちに似た顔をして、イライラを眉間だけに表して、口角を上げて莉奈に微笑む。莉奈はハッとしてエコバッグをふたつ持ったお母さんからもぎ取るように荷物を渡してもらう。

考え事をしていた。スーパーで見た新製品のチョコレート、少し食べてみたかった。チョコレートを見ている時、お母さんは舌打ちした気がした。後で自分一人の時に買ってみようかな。一人でスーパー来ることあるかな。ないかな。
愚図の莉奈は歩くのが遅い。それは決して荷物が重いからであってはならない。重い荷物を子供一人に持たせるようなお母さんは居ないのだ。今日は牛乳を買った。莉奈はコーヒーを甘くして牛乳を入れたのを毎日飲む。あと少してお母さんの背丈を超える。そしたら。

家に着くとお母さんは冷蔵庫に買ったものをすぐに仕舞う。莉奈は手を洗いに洗面台へ移動する。ついでにトイレに入ると生理になっている事に気付いた。お腹が確かに重かった。部屋にナプキンを取りに行かなくてはならない。リビングを通る時、お母さんはため息をついた。疲れているんだろうな。
「弓子さん」
お母さんの肩に手をかける。熱くなっていたので解すように両方の肩を優しく揉む。お母さんは目を閉じている。全て忘れたいのだろう。そのままそうしていると外が暗くなってくる。莉奈の手も疲れてくる。お母さんは目を閉じている。そろそろパンツを汚してしまう。
「弓子さん」
「ええ、いいわ」
莉奈は許されたので部屋に行くと扉を閉じ、そっとパンツの中を覗いた。パンツに染みてしまった。ため息を莉奈がつくことは許されない。お風呂の時に洗おう。気を取り直して莉奈は下着を替えた。
もしかしてパンツのせいでお母さんは私が女性の身体に変わっている事に気づくかもしれない。その時私は許されるだろうか?そんな事を思い、莉奈は汚れたパンツをゴミ箱に捨てた。

夕飯の支度をするお母さんを手伝い、美味しそうに出来上がったテーブルのお皿に莉奈は思わず笑みが浮かぶ。お父さんが帰るまで、つまみ食いは禁止。鈍くお腹が痛むが、莉奈は痛み止めを持っていない。ちらりと時計を眺めた。お母さんはフライパンを洗っている。お父さん遅いな。少し勉強しようかな。そんな事を考えていると玄関から音がする。お父さん帰ったのかな。お母さんはお父さんを出迎えに玄関へと消える。
お腹痛い。ご飯を全部食べられるだろうか。残したことは無かった。でもそんな事を思った。

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