短編小説 隣人
「最後に一度、ヤラせてくれよ」と隣の部屋の男は確かに言った。最低だなと思ったが、首を横に振る女から目が離せなくなる。男が女の手首を掴んだ。思わず私は喉が鳴る。
壁の隙間から光が差しているのに気づいたのは半年ほど前だった。光に手を伝わせてみると、隣の部屋の中が見えることに気がついた私は時々こうして向こうに視線をやる事があった。理由なんてない。私は一人で寂しかったし、隣の男の生活音はうるさかった。
今日はたまたま女の人の声もして、男の声が男だったというだけだ。
壁に身体をつけて耳を近づける。女はいや、という意味の言葉を発していたが男の体は離れずちょうどこちらから見ると女の身体は隠れていた。
「こんな下着つけてその気じゃないなんて言わせねぇぞ」
男が腕を動かすと、女はいや、という意味の違う言葉を発してちょうど背中が玄関にくるように身体を捻った。女の下着が見える。黒だった。シルクみたいにつやつやしていた。男は乱暴に女の乳房を出すと音を立ててそれをなぶった。
私は自分の頬が上気するのを感じて、それでも目を離せなかった。
男は女に腰だけ近づけ、身体を揺さぶった。女はいや、という意味の言葉を途切れ途切れに吐き出すとそのおちょぼ口をグッと引きつらせる。
私はすごい、と吐息で呟くと思わず辺りを見回した。私の部屋には私が一人、隣の部屋には男と女。ガタガタと音を立てていた男の動きがいっそう早くなり女はついにいやとは言わず、シンとした静寂が訪れた。思わず私は口元を押さえてしまう。肩で息をする男と呆けた女。女はサッと上着を戻すと男を片手で押し戻そうとする。男は下半身を露出したまま女の両の手首を掴み、キスをした。女は暴れる。またいや、と言った。男の手が女からずれる。女はハンドバッグを掴んで、男の方に投げた。その時なにかがカバンからこぼれたのか、私の方に一直線に飛んできた。
「きゃっ」
思わず叫んでしまってから、しまったと思った。男と女は顔を見合わせる。カン、と飛んできたものは壁に当たって落下しそれが口紅だったのだと私は知る。男と女はヒソヒソ何かを話している。私の心臓は跳ね上がった。男は露出したまま口紅の方に歩いてくる。その隙に女は部屋から出る。あっ、と声を出して男は玄関に戻る。私は光の差すところに何かを貼ろうと急いで立ち上がる。
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