短編小説 キャンセル
デートの約束をしても、もはや遅刻が当たり前になっていた。
サナは駅前の大きな時計に目をやりながら小さく溜息をついた。10分前には着いていたのでかれこれ40分は待ったことになる。足元から冷えて寒い。鼻をすすりながらコートの襟に首を縮める。
連絡をしてみようかとも思う。
「ごめん、ねてた、いまからいく」既に返事が思い浮かぶほどサナは待つ経験を繰り返しており、約束は一時間後に繰り下がる。
だから一時間待って来なかったらそれまで、とサナは決めている。一時間後「バイバイ」でも「楽しかった、ありがとう」でも一文だけ送り着信拒否をする。ただ彼の方はそれを察しているのか、約束の時間に支度を終えるのか、一時間以内にやってくる。遅刻がなおることは無い。
昨日、少し嫌なことがあった。施術したお客様は三度目のご来店だった。30代のファッション誌と、前回とその前もご執心だったヘアカタログを用意して椅子に案内した。
カットの間もつまらなそうにカタログを眺めるその客にサナはパーマを勧めてみた。
その人は相槌を面倒くさそうに打ってそのまま目を閉じた。サナはそのまま髪の毛をすいた。客の注文通り柔らかいイメージを目指して。
会計の折担当を変えて欲しいと言われたことを閉店の準備をしている時に知った。
一時間が過ぎていた。サナはふふっ、と小さく笑った。
今日は、来なかったんだ。なんだか分からないがおかしかった。電話をかけてみようかと思った。
終わりの挨拶くらいは、とサナはスマホを取りだした。
「もしもし、ケイくん」
「ごめん、ねてた、いまからいく」
ワンコールもしないうちに彼は電話をとり、それだけ言ってすぐ切った。
「なんなの」
何も話していないのにおかしくて仕方ない。
サナはくすくす笑いながら一歩足を踏み出そうとした。