短編小説 盗難
「お兄ちゃん、借りたよ」と急にサエが部屋に入ってきたので隠す必要のないはずの参考書とノートに覆いかぶさった。サエは微笑みながら俺のストッキングをベッドの上に置いた。
「もう少し厚い方がサエは好きかな、そうね60デニールくらい」
「で、デニール?」
くすくす笑いながら、サエは部屋を後にする。俺はデニールを直ぐに検索した。
その日の夕飯は鶏の唐揚げだった。俺はサエの皿に自分の唐揚げから一つ渡した。やけにそれを気にした母には「いやぁ、学校帰りに肉まん食べちゃって」などと言い訳をする事になる。サエはもりもり唐揚げを平らげた。
義母の連れ子のサエは度々俺からものを盗むのだ。
一人で心を落ち着かせようと勉強机の扉を開ける。そこにはシャープペンや教科書と一緒にストッキングやパンティなど、俺の宝と言っても良い女性下着がいくつか入っている。
サエはここから気紛れに一つづつ盗みを繰り返す。
ふと、机の引き出しに隠している封筒の中身、千円札が随分薄っぺらくなっているのに気付いた。
帰ってくるとサエが俺の部屋から出てくるのに出くわした。今日は何を盗まれたのか。息を飲むのと同時に胸が高鳴っているのにも気づく。
「お兄ちゃん、変態なの?」
小馬鹿にするような口調でサエは鋭い視線を投げる。何も言えやしなかった。机の上に日記が昨日のページで開いたまま置いてあった。
急いで引き出しを探る。封筒の中には千円札が一枚だけ申し訳程度におさまっていた。
初顔合わせの時、サエと二人きりになったことがあった。
「うまくやっていこう」
俺はあと一年でこの家を出ていくし、急にできた妹に兄貴面をしたかった。
サエはオレンジジュースをすすりながら鼻で笑うと半眼で視線を俺に向けた。
「お兄ちゃん」
今まで見た誰よりもくすんでいる目が俺を見下した。
「サエ、俺の金で何を買った?」
「なんの事?」
サエの部屋に初めて入ったが、既視感を覚えた。似ているのだ、俺の部屋に。
じりじりと詰め寄るとサエは視線を逸らして後ろへ下がる。壁に追い詰めた。
沈黙が部屋を支配する。
「今ならまだなかったことにしてあげる」
サエの言葉に俺はもう戻る事は出来ないのだ、と思った。