短編小説 あいしてる
大河には女がいる。暇があればデートをして、暇がなければセックスをする、そんな距離感の女が。
女は琴子という名前で、その古風な名前に似合わず先進的な女だった。折半を好み、大河が少し多くを負担すると申し訳なさそうにする。琴子は自分の負担になる折半はせず、断るかほんの少し、笑顔を崩さずにいられる分だけ多くを負担する。
恋人を欲しがる様子はない。大河といるだけで精一杯だと言う。
初めて家に呼んだ時、呼んでもらってアレだけど散らかってるね、と言った。琴子は少しずつ大河に気付かれない程度にごみを片付けるが、生活とは無情で大河の部屋はいつでも人を迎えられる程度には生活感に溢れている。
足の爪にマニキュアを塗って欲しい、と琴子は言った。鞄から真紅と真っ青の二本のマニキュアを取り出すと、大河に渡した。大河は面白がって赤と青を交互に塗った。琴子は楽しそうにそれを眺め、出来上がりにはケチをつけてマニキュアを大河の家に忘れた。マニキュアは大河の家に隠れた。
琴子を抱いた時、マニキュアが無くなっていることに気づいた大河は、足の指を執拗に舐めた。すると気分が昂ってどこまでもいけそうな気がした。琴子は大河を不思議そうに見つめながらそれでも可愛らしい声を出した。
その日、琴子は鞄から新品のピンクと緑のマニキュアを取り出した。大河に塗って欲しいのだという。大河は今度は丁寧に、左右で違う色になるようにマニキュアを塗った。琴子はふぅん、と声を出すとマニキュアを持ち帰った。
琴子が帰ると大河は、家の一部になった赤と青のマニキュアを探し始めた。
外で飯を食べた時、大河が千円多く出した。その後琴子は高めのアイスをコンビニで二つ買い、誰かと食べてと渡してきた。大河はこの後琴子が家に来るのだと思っていた。琴子の前でアイスを二つ平らげ、手を繋いだ。琴子は繋いだ手をゆるゆる揺らした。そして歩き出す。
児童公園の前に来ると、大きな笑い声がした。公園の中には若い男が数人たむろしていた。琴子は小さくため息をつくと、大河の家までついてきた。
家の中にまで来ると大河は琴子にキスをした。深く口付けた。琴子が乗り気じゃないのは分かる。でもブラウスを破ってでも琴子を抱きたかった。
キスの合間に琴子は短く息を吐き、アイスのフレーバーについて感想を言った。琴子と額を合わせた時大河は、今日で終わりかもしれないという不安に駆られた。